縁 人の輪が仕事を大きくする
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縁 人の輪が仕事を大きくする
-アフラック創業者・大竹美喜の軌跡-

  がん保険のパイオニア「アフラック」をゼロから立ち上げた男は、いかにして同社を日本有数の保険会社に育てあげたのか。 失敗を重ねてもあきらめない確固たる信念と行動力、人を魅きつけてやまない人間的磁力、その源泉に迫る。

著者:馬場隆明 / 1,575 円 / 書店様用申込用紙
特集ページ:アフラックを日本一の外資系生保に成長させた創業者・大竹美喜の人生「縁 人の輪が仕事を大きくする」

 弊社新刊「縁 人の輪が仕事を大きくする
-アフラック創業者・大竹美喜の軌跡-」の特設ページです。
当ページよりご予約・ご注文受け付けます。書店担当者様用注文書もご用意しております。

内容概説

 がん保険のパイオニア「アフラック」をゼロから立ち上げた男は、いかにして同社を日本有数の保険会社に育てあげたのか。

 失敗を重ねてもあきらめない確固たる信念と行動力、人を魅きつけてやまない人間的磁力、その源泉に迫る。

プロローグより抜粋

 取材を進めるうちに、アフラックの成功は、大竹個人の努力や人間性だけでなし遂げられたものではなく、社の内外の多くの協力者、支援者の力によるところが大きいこともわかってきた。
 本書では、大竹と浅からぬ縁のある30人以上の人たちから話を聞き、また多数の資料にあたることで、大竹とアフラックの今日に至る軌跡をできる限り客観的に描くよう努めたつもりである。そこから人との出会い、人の輪の大切さを、あわせて読み取っていただければ幸いだ。
 もちろん、人の輪と言っても、ただの仲良しクラブでは意味がない。トーハン前相談役の上瀧ではないが、自分の足で立つ「大竹のような人格」が切磋琢磨しあう人間関係、それが今の日本に最も必要とされているのではないか、と考えさせられた。
 「大竹のような人格」といっても一言で言い表すのは難しいが、あえて言うなら、それは大竹が「大恩人」と敬愛する故・山口信夫(元日本商工会議所会頭、元旭化成会長)が、大竹を評した次の言葉がふさわしい。 「一人で考え、一人で行動するという確固たる信念と高い志を持った人」

本書の主人公 大竹喜美の歩み

■幼少・少年時代

  • 1939年5月 広島県比婆郡(現・庄原市)に男3人兄弟の次男として生まれる
  • 1956年 地元出身の小説家倉田百三に憧れて、人生修行を行うため。 突然単身大阪に。新聞配達をしながら夜間高校に通う。 しかし、3ヶ月で連れ戻される。
  • 高校時代 市長八谷正義と知己となる

■挫折と彷徨の青春時代

  • 八谷のすすめで広島農業短期大学に入学。学長のすすめでアメリカ留学。カリフォルニア州にあるサンタマリア・アレン・ハンコック・カレッジに学ぶ。
  • 帰国。コンゴで宣教師をすることを目指すも、さまざまな事情から断念。
  • 東京都・町田市にある「鶴川学院農村伝道神学校」の教師になるも、内部の対立に巻き込まれ、解雇の憂き目に遭う。
  • 衆議院議員・永山忠則の秘書になり、政治家の道を目指す。
  • 同郷の清水京子と結婚

■保険業界で天職を見つける

  • 議員秘書の役が水に合わず、アメリカ留学時代の知己を辿って外資系損保で働く。
  • 保険営業に才能を見せ、トップセールスマンに。
  • 入社して5年後独立損保代理店を立ち上げ独立 。
  • 米アフラックからがん保険の日本進出を手伝ってほしいとの打診を受ける。半年間悩んだ末、創業を決意し、アメリカンファミリー生命保険会社(アフラック)東京事務所長に就任。がん保険認可に向け大蔵省との折衝をはじめる。
  • アフラック社のガン保険に関して調査を続けるうち、ガンに苦しむ患者や家族の存在を知り、使命感を覚える。

■ガン保険の認可を求めて苦闘の日々

  • 1972年より認可を求め、大蔵省、次いで厚生省に日参。アフラック社からの給料至急の申し出は断る。
  • 行政の厚い壁に跳ね返され続ける。オイルショック不況を逆手に取り、地方大手マスコミなどの新規事業として、代理店契約を結び、1年で販売網を作り上げる。
  • 2年近く、認可が出るまであと半年というところで、アフラック本社より撤退命令。単独で大蔵省との折衝をつづけ、認可が出た時点で、再開の約束を取り付ける。
  • 第一勧銀から融資を取り付ける。なんとか事業化につながる。
  • 厚生省の同意を取り付け、大蔵省に日参、保険部長の徳田氏よりついに認可を取り付ける。

■アフラック日本社スタート!

  • 1974年11月 アフラック日本社がスタート。正味1ヶ月の営業期間で約4万件の契約を獲得。
  • 1975年 契約件数は伸び続け52万件
  • 1980年 200万件突破 

以降は本書で!

証言で結ぶ人物像(本書から抜粋)

 国の健康保険を補完するものとしての「がん保険」の意義を、すぐに看破したのが当時の首相・田中角栄である。代議士秘書時代から面識のあった大竹が、あるとき田中を訪ね、「がん保険の普及に勉めたい」と伝えると、田中はこう言ったという。
「そうか、君は要するに〝民間厚生省〞をつくるんだな。日本の財政はこのままでは持たない。公的な医療保険、社会保険制度は遠からず崩壊する。これからは君たち民間が主役だ。君は本当にいい仕事を見つけてきた」
 大竹はこの「民間厚生省」という言葉を気に入って、代理店の募集で全国を回るときなどに、「私たちは民間厚生省をつくるんです」と言って歩いた。それが厚生省の耳に入り、「そういう言い方はやめるように」と小言をいわれることもあった。


 入社してまだ4日目ぐらいのことだ。朝、通勤電車が故障して遅刻しそうになった。慌てて会社に電話を入れると、大竹が出た。
神垣(※園子。元同社取締役)と申します。電車が故障したので出社が遅れます」
 すると大竹は、
「ああ、神垣園子さんですね。わかりました。気をつけて来てください」
と、電話口で彼女のフルネームを口にしたという。
 神垣は言う。
「入社したてで、顔も名前も覚えていただけているとは思ってなかったので、フルネームで呼びかけられ、すごく感激したのを覚えています」


 ノンフィクション作家の柳田邦男はその著書『この国の失敗の本質』の中で、大竹のこの取り組みを紹介し、次のように記している。

《大竹氏は、次のように言い切っている。
「会社の業績が悪化したり、不祥事を引き起こしたことで、経営者が責任をとって辞任する例は少なくありませんが、その原因は何だったのかを分析し、今後に役立てることは稀です。誰かが責任をとれば、それ以外のことは不問に付されてしまいます。
 個人が責任をとることと、失敗の原因を追求して教訓化することとは別物なのに、それが混同されているのです。日本という国も同じように、これまでの歴史が教訓化されることなく、いまだに前の戦争が正しかったか間違いだったかという論争のレベルを超えていません。歴史から学ばなければ、成り行きまかせにならざるを得ないのは、個人も国も同じことです」
 太平洋戦争や戦後の政治的事件や行政の失敗や災害・事故について、私もかなり調べたり分析したりしてきたが、その経験に照らしてみると、大竹氏の指摘はまったくその通りだと思う》


 西澤(※企業再生支援機構社長、元東京都民銀行頭取)が大竹の人となりについてこう語る。

「大竹さんはサラリーマン経営者ではないタタキ上げ経営者、一種の創業者ですが、ふつうの人とは、一味も二味も違う。
 苦労をされていて人情の機微がわかるという点はすぐれたタタキ上げ経営者に共通してみられる特徴ですが、大竹さんの場合、驚かされるのは、好奇心がものすごく旺盛なこと。
 そして他人の気持ちに共感する力がとても大きなことです。他人が喜べば大竹さんも喜ぶし、他人が悲しめば大竹さんも悲しむといったところがあって、増資を頼んだとき(※東京都民銀行頭取当時)も、こちらが置かれている窮状を、まるで自分がその状況にあるかのような気持ちで聞いてくれました。あのときの大竹さんの眼差しは忘れることができません。


 銀行マンといえば、滋賀銀行会長の高田紘一も、大竹に信頼と友情を寄せる一人である。

「成功にあぐらをかかず、常に商品ラインナップを見直しているところは、経営者としてさすがだなと思います。
 でも大竹さんの本当の魅力は、人間的な深みです。」


 西谷(※大手PR会社「ウェーバー・シャンドウィック・ワールドワイド」の会長)がとくに感心するのは、大竹の腰の低さだという。

「大竹さんの腰の低さは、商売人の腰の低さ、慇懃さとはまったく次元の異なるもので、人から何かを学ぼうとする謙虚な姿勢からきているものだと思います。
 人が話す一言ひとことを聞き逃さないし、すぐに反応する。人の話を謙虚に聞くという姿勢が徹底しているので、出会った人と信頼関係ができる。それが結果として、あの圧倒的な人脈につながっているのだと思います」


目次

第1章 彷徨 人間力を育んだ青春時代の蹉跌  詳細 

  • 生まれ故郷と反骨、ハングリー精神 
  • 高校時代の夢は「小説家」 
  • 偏差値教育に背を向ける 
  • 大原幽学、賀川豊彦に傾倒 
  • 挫折したブラジル行きの夢  留学――カリフォルニアのぶどう畑
  • コンゴ行き、政治家の夢、度重なる挫折 
  • 保険セールスで感じたやり甲斐 

第2章 天命 アフラック日本社創業までの険しき道のり  詳細 

  • 突然訪れたアフラックとの出会い 
  • がん闘病記『半田寛子』を読んで受けた衝撃 
  • ジョン・B・エイモスとの運命的な出会い 
  • 挫折から這い上がった経験が評価される 
  • 始まった「大蔵省通い」 
  • 「民間厚生省を目指せ」 
  • 大竹のもとに集う「野武士集団」
  • オイルショックが追い風に 
  • アメリカ本社からの「撤退通告」 
  • 絶体絶命のピンチを救った「融資」 
  • 「幸運」を呼び込む力 
  • 徳田博美・保険部長の胸のうち 

第3章 疾風 アフラック成長の軌跡  詳細 

  • マスコミと金融機関が味方に
  • スタートダッシュに成功した理由
  • アフラックの土台を築いたアソシエイツ
  • 女性を大切にする職場づくり
  • ジョン・B・エイモスの「忍耐」と「信頼」
  • トップにとって一番大切なのは「後継者を選ぶこと」
  • 「経営のプロ」の見本となったジョンB・エイモス
  • 世界のどこにもない経営
  • アソシエイツとの強い信頼関係
  • 理念を熱く語る大竹流の営業活動
  • 有言実行を地で行く日常の仕事ぶり
  • 無傷で乗り切ったバブル崩壊
  • 失敗から学ぶ
  • 「外資系企業にいると愛国心が高まる」
  • 日米経済摩擦の緩和に貢献
  • いずれ大竹は独立するのでは――アフラック本社が抱いた懸念
  • アフラック日本社を潰す研究
  • 大竹らしい社長、会長の退き際

第4章 憂国 もう一つの本業「社会貢献活動」  詳細 

  • 「力になりたい」と思ったら即断即決 
  • 失望させられた総理大臣の「つれない返事」 
  • 財界活動にも全力投球 
  • 全国をめぐる講演の旅へ 
  • 批判だけでなく提案、そして実行 
  • 古川貞二郎・元内閣官房副長官の大竹評 
  • 黒岩祐治・神奈川県知事とも"共闘" 
  • 「プラチナ構想ネットワーク」で地域振興 
  • 故郷への思いと海外広報、日中交流にも一肌 
  • 産経新聞社の社外取締役としての活動 

第5章 愛国 次世代を担う人材育成への取り組み  詳細 

  • "人生大学"の優等生を目指せ 
  • 「大学で学ぶこと」と「実社会で役立つこと」 
  • 「場づくり教育」と「クドー式勉強法」  
  • 常に気になる教育界の新しい動き 
  • 「詰め込み型」から「問題解決型」へ 
  • リーダーとリーダーシップについて 
  • コリン・パウエル「13の自戒」 
  • チャーチルのリーダーシップ 
  • 古典に学ぶ――トルストイと老子 
  • アスペン研究所設立と次世代リーダーの育成 
  • 新聞社での人材育成にも一役 
  • 高校生を対象に「きらめき未来塾」 
  • 「人間力大賞」は"青年版国民栄誉賞" 
  • 実業界にも次世代教育への賛同者 
  • アジアに広がる人間教育の輪 
  • 「板橋大竹塾」はざっくばらんな勉強会 
  • がん研究振興財団会長として研究者の育成も 

第6章 信頼 大竹流人間関係を広げるポイント  詳細 

  • 人間関係づくりはむずかしくない 
  • 相手との共通項を探す 
  • 中身のある話を論理的にすることが大切 
  • 会いたい人に会うための努力を惜しむな 
  • 人を動かす「迫力」を身につける 
  • 信頼で結ばれた仲間たち 
  • 昭和14年生まれの集まり「卯の会」 
  • 「大竹さんの気配りは別格」 

終 章 未来 日本人の遺伝子  詳細 

  • 東日本大震災が日本人の遺伝子を覚醒させた 
  • アフラック精神の伝道者 
  • 若い世代の草の根リーダーづくりに協力 
  • グローバルビジネス学会の会長に就任 
  • 「社会起業家」の育成に懸ける思い 
  • 大竹のメッセージを受けとめる次世代経営者たち 
  • 「自分の若い時を見ているよう」 
  • 自分と向き合うことの大切さ 
  • さらに伝えたいこと――運命は切り拓ける 
  • 謝辞

    大竹美喜の歩み

著者紹介

馬場隆明(ばばたかあき)

エネルギー専門誌記者、国際ビジネス誌編集者などを歴任したライター。

略歴:1949年東京生まれ。中央大学文学部卒業後、エネルギー専門誌記者、国際ビジネス誌『フォーブス日本版』編集者などを経て2009年より文筆業。

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