記事(一部抜粋):2021年9月号掲載

連 載

【中華からの風にのって】堂園徹

二つの多民族大国

 アメリカが「中国はウイグル人にジェノサイド(民族大量虐殺)をおこなっている」と非難すれば、中国は「アメリカこそ偏見に満ちた人種差別をしている」と応酬する。歴史の短いアメリカと悠久の歴史を持つ中国。民主主義の国と専制主義の国。このように対比させるとお互いにまったく異なる国のように見えるが、どちらの国も多くの民族を抱え込み、領土を広げていったという点で似ているところもある。
〔異民族の漢化〕
 中国の発祥は黄河と揚子江の間にある中原と呼ばれる地域で、そこに住んでいた人たちが漢民族である。中国の異民族王朝は元と清の二つだと言われるが、では他の王朝がすべて漢民族の王朝だったかというとそうとは言い切れない。
 最初の統一王朝である秦は西の端に位置しており、非中原民族だった可能性が高い。秦人の祖先は甘粛で馬に乗って生活していたと言われており、定住して農耕する漢民族とは明らかに異なる。
 秦だけでなく、揚子江以南にある現在の浙江省、福建省、広東省などの民は中原の民から南蛮と呼ばれる非漢民族だった。時代を経て秦人は漢化し、南蛮と呼ばれた民も漢化して漢民族になった。
 秦の後の漢が約400年続いて滅びると、以後350年以上にわたり天下が乱れた。その間、様々な王朝が興亡して最後に隋が天下を統一した。統一前の約100年間を五胡十六国時代と呼んでいる。胡とは漢民族が北方と西方の異民族を呼称した語で、匈奴(きょうど)、鮮卑(せんぴ)・羯(けつ)・氐(てい)・羌(きょう)の五つの異民族が五胡である。この五胡と漢民族で16の国が建ったので、これを総称して五胡十六国という。
 十六国の一つであった北周は鮮卑の王朝で、隋と唐はここから出ている。
 隋の開祖楊堅(ようけん)は北周の大将軍で、隋国公(官職名、隋州の長官のこと。王朝名の由来となる)に任ぜられた。楊堅の后独孤伽羅(どっこから)は北周の大司馬(国防長官)の娘で、名前から分かる通り漢人ではなく匈奴である。唐の高祖李淵(りえん)の祖父にあたる李虎(りこ)も、北周建国の功臣として唐国公の官職を与えられた人物である。
 隋も唐も中原の支配を正当化するために漢民族と称しているが、その宗室は鮮卑で、「漢胡混合王朝」であった。隋と唐が中国史の中でも格別な輝きを放っているのは、漢と胡の交わりで普遍的な文明をつくり出したからである。遣隋使、遣唐使を送って日本が学んだのはそのような文明であった。
 唐の滅亡後は中原に五つの王朝、中原以外に十国が興亡したのでこれを五代十国と呼ぶ。五つの王朝の一つ、後唐は異民族の沙陀突厥(さだとっけつ)の王朝で、宋を開いた趙匡胤(ちょうきょういん)はこの後唐の武将であった。
 宋はモンゴル人の元に滅ぼされ、そのモンゴル人を中原から追い払ったのが漢民族の明である。明の時代、北方の満州族は万里の長城を乗り越えて中原に侵攻することを宿願とした。満州族は北方で清を建て、南下し明を滅ぼした。
 満州族の支配に対し、漢民族国家を復興しようと「滅満興漢(めつまんこうかん)」のスローガンが掲げられ、辛亥革命によって中華民国が建った。現在の中華人民共和国も漢民族政権である。
 中国史に出てくるほとんどの民族が今では存在しないのは、漢化して漢民族になったからである。モンゴル族と満州族はかつての支配民族だったことから民族名は残っているが、中国内にいるモンゴル人と満州人は漢化して、今は漢人と何ら変わるところはない。こうして多くの民族を吸収し膨張した漢民族は中国の人口の9割を占めるとともに、世界最大の民族となったのである。
 異民族が漢化すれば異民族の地も中華の版図になる。万里の長城は異民族の侵入を防ぐ防壁で、これが中華と異国の境界線だった。長城の北側にある内モンゴル、遼寧省、吉林省、黒竜江省は本来は異国だったが、漢民族は中国固有の領土と称するようになった。
 異民族の漢化は人口増や領土拡大といったメリットをもたらすが、為政者にとって都合の良いことがほかにもある。それは民族独立など紛争の火種が消えてくれることである。
 中国史を振り返ると、異民族の漢化は歴史的必然と解釈することもできる。恐らく今の中国政府はそのように理解し、遅かれ早かれ異民族は漢化するのだから、民族問題の火種を早く消すためにウイグルとチベットで漢化促進政策を急いで進めているのだろう。この漢化政策をアメリカは民族浄化だと非難している。
〔アメリカ的価値の強要〕
 漢化とは異民族が漢民族に同化することだが、「同化の強要」は多民族大国であるアメリカにも存在する。
 アメリカは人工的につくられた国で、王や貴族などの支配者がいないため、法の支配を国家の根幹においた。そして法の前で人間はみな平等だとし、人々が自由に競争できる世界で最初の民主国家をつくった。
 この民主国家は磁石のように世界中から人々を引き寄せた。平等、自由、民主はアメリカ的価値となり、この価値観を共有できない者はアメリカに居る資格がない。このアメリカ的価値をつくったのは最初に移民したアングロサクソン人である。
 アメリカ的価値の共有はアングロサクソン的特質への同化でもあった。様々な人種や民族から成り立つ多様性の国アメリカが統一性を維持できているのは、アングロサクソン的特質への同化を強要しているからだ。そこにあるのは、アングロサクソンのアメリカ的価値が最も崇高だという考えである。このアングロサクソンは時代と共に解釈が広がって、現代では白人となっている。
「アメリカには白人も黒人もラテン系もアジア系もなく、いるのはアメリカ合衆国の国民である」と演説して多くの人々を感動させたのがバラク・オバマである。彼は2004年の民主党大会で「人種や民族に関係なく、アメリカには星条旗に忠誠を誓ったアメリカ人しかいない」とアメリカの結束を訴えたが、オバマのこの言葉は、アメリカ国民がアメリカ的特質に同化していることが前提となっているのである。
 中国の漢民族とアメリカの白人に共通していることがある。それは自分たちが世界で一番という優越心である。この優越心の歪な発露が、中国では民族問題、アメリカでは人種問題を生んでいると言える。

 

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