経 済
「仮想化」で先行「楽天」のアドバンテージ
新技術をドイツの通信会社に輸出。数十カ国から引き合い
往々にして、良いニュースと悪いニュースは交互に訪れる。
例えば、デルタ株の蔓延による医療崩壊を伝える新聞の別の紙面で、上場企業の25%が最高益を出したと報じられている。コロナ禍という特殊な時代でさえ禍福は糾える縄の如しだが、特に今年、悲報と朗報が交錯した企業の代表格が楽天グループだった。
まず年明け1月、楽天元社員の技術者が、転職前に勤務していたソフトバンクから機密情報を持ち出した容疑で警視庁に逮捕された。5月には、ソフトバンクが組織ぐるみの犯行だった可能性を主張して、楽天に10億円の損害倍書を求める裁判も起こしている。
捜査の結果、実際のところは、元社員の出来心による度が過ぎた悪ふざけが実態に近いことが判明しており、重要な機密ファイルも持ち出されていなかった。巨額の訴訟は「楽天ネガティブキャンペーン」を展開する機会として、ソフトバンクがこのチャンスを十二分に活用した結果であることは、以前、本誌でもご紹介した通りだ。
楽天はこの件でメディアから厳しく追及されたが、その一方、3月に2400億円の増資をすると同時に、日本郵政との提携を発表し、全国津々浦々にある2万以上の郵便局を楽天モバイルの販売拠点とすることに成功した。
また、楽天モバイルの加入者の伸び率は新規参入から1年が経過しても鈍化せず、5月1日の段階で、契約者数400万人突破という良いニュースもあったのだ。
むろん加入者の増加は設備投資と表裏の関係にあり、8月11日に発表された楽天グループの第2四半期決算は663億円の赤字(前年同期は278億円の赤字)。米S&Pが楽天の格付けを一段階引き下げたことも報じられている。
今後も当分の間、基地局設置の投資が続くことを考え合わせれば、必ずしも明るい見通しを持てない状況にも映ったが、経済誌のベテラン記者によれば、「神風のようなビッグニュースが、悪いニュースを全部まとめて吹き飛ばした」のだという。
ベテラン記者が解説する。
「仮想化ネットワークという楽天の新技術を、ドイツの通信会社に輸出するという発表に、業界は腰を抜かしたのです。この技術を使えば、基地局などのインフラ設備のコストを3割ほど抑えられます。簡単に説明すると、これまでの通信ネットワークは、高価な専用設備や専用機材を使うことが常識となっていました。ところが新規参入の楽天は、先行する大手に対抗するため、安価な汎用機材を使い、これをソフトウェアで制御してネットワークを組める技術を作った。この方法だと、ソフトウェアをアップグレードすることで、機材の入れ替えコストやメンテナンス費用を削減できるわけです。実は、仮想化ネットワークの開発に成功した当初から、楽天は世界初の技術だと胸を張っていましたが、そうは言っても、これまでは所詮、楽天の基地局建設コストが下がるという限定的な話に過ぎませんでした。ところが、この技術が海外の企業に評価されて、輸出可能だという話になると、全く別次元のビジネスチャンスが生まれ、楽天が巨大なアドバンテージを握ったことになるのです」
楽天から新技術を買うドイツの「1&1」は、楽天同様、ドイツ国内で4番手に位置する通信会社だという。今まで自社独自の通信インフラ設備を持たず、国内の大手企業から回線を借りて事業を営んできたが、仮想化ネットワーク技術の導入によって、自前の通信インフラ構築を図る方針である。ちなみに楽天が受け取る受注料は、10年間で2500億円から3000億円に上ると見積もられている。
ベテラン記者が続ける。
「なぜ楽天だけがこの技術を開発し、先行していたNTTやKDDI、ソフトバンクが、この魅力的な技術開発に取り組まなかったのか。それは先行の3社とも過去のレガシーに縛られていたからにほかなりません。それぞれが既存の立派なネットワークを持っていたため、仮想化技術という新しい分野に舵を切る強い動機もタイミングもなかったのです。同じような理屈で、海外でもインフラを保有している大手通信会社は、仮想化技術の開発に力を注ぐことなく、結果的に、必要が発明の母という環境にあった楽天が世界のトップランナーになったわけです」
むろん将来的にはNTTドコモやKDDI、ソフトバンクを含め、海外の大手企業が参入してくるのは間違いないが、当分の間はライバルがいないブルーオーシャン。どこの国にも、「1&1」と同じように、通信インフラを持たない新規参入の企業が多数あり、新技術の売り込み先に困ることはなさそうだ。実際、楽天には、すでに数十カ国の通信会社から技術協力の打診があるという。
自社でも仮想化ネットワークに取り組みながら、惜しくも、楽天に先を越された最大手、NTT関係者がいう。
「仮想化ネットワークの技術には、もう一つ、当初、想定していなかった長所があります。それは中国製品を一切使わない“チャイナフリー”の状態でインフラ機材を揃えられる点です。一般的に、既存のインフラには、ファーウェイの機材など中国製品が使われるケースが少なくありません。例えば、ソフトバンクの4G基地にはファーウェイの機材が使用されていて、決算説明会でそのことが問題になったこともありました。真偽不明の俗説ですが、ファーウェイには情報を抜き取るバックドアが仕掛けられているとも言われ、もちろんファーウェイは完全に否定しているものの、情報流出のリスクがゼロでないのも事実。その点、国産の汎用機を使用する仮想化ネットワークでは、そのリスクを完全にゼロに抑えられるのです」
(後略)