『障害者白書』(2018年)によれば、わが国の知的障害者は約108万2000人。人口1000人当たり9人程度と見られる。
しかし、一口に知的障害者といっても、IQが20以下の最重度から51~70までの軽度まで4段階に分けられる。軽度知的障害者の場合、暗算やおつりの計算といった金銭管理、抽象的な思考や文章の読み書きなどは苦手ながら、身の回りのことや、コミュニケーションは問題なくできるので、本人はむろん、周りも「少し変わった人だなあ」と思うぐらいで、障害に自他共に気づかないケースも少なくない。
今回取り上げるのは、軽度の知的障害者だった愛知県在住のH氏が、長年にわたり不動産や金銭を騙し取られるなどしていた件だ。
計算や交渉事が不得意な知的障害者を騙すことは容易い。重度の知的障害者の場合、成年後見人といって、家庭裁判所が選任した者が本人に代わって財産を管理してくれる制度がよく利用されるが、その制度ができたのは2000年。昨年8月に80歳で死去したH氏の場合、そもそもIQ測定もキチンとしていないし、制度ができる前から騙されていた。
いまだ世間からの偏見もあり、また本人も騙されたことに気づかない場合もあり、軽度知的障害者の被害が顕在化することは非常に珍しい。H氏のケースは、死去後の財産整理のなかで発覚した。しかも、長年にわたり騙していた相手は何と実弟のT氏だったという。
そのせいもあり貧しい生活を余儀なくされたとして、H氏の息子から筆者に告発が寄せられたのだ。
「弁護士を通じてやりとりしたのですが、Tは一切非を認めず、理屈に合わない弁解をし、こちらが反論すると沈黙。刑事告訴も考えていますが、大半は時効にかかっている。被害に遭って悔しい思いをしている軽度知的障害者や家族の方はたくさんいると思うんです。それもあって、告発することにしました」(息子)
具体的に疑惑を記す前に、H氏の知的障害度、経歴などを述べておく。
「父の理解力や判断力に異常があることを私が確信したのは1992年、母の知人に指摘されて父を観察、質問攻めにした時でした。当時、私は23歳で、大変なショックを受けました。父は祖父母からH家の当主として知的障害があることがバレない振る舞い方を徹底して教え込まれていたのだと思います。わからないことは『言わない』『やらない』。困ったら『逃げる』『怒鳴る』。ただ、冷静に思い起こせば、父は自分の名前と住所以外はほとんど読み書きができなかったように思います。レベルは小学1年生程度。ただ、明るい性格だったので、出世した同級生に仲良くしてもらい、トヨタの孫請け会社を設立し、その名目上の社長にしてもらっていました」(同)
そして、副社長として約20年にわたり社長のH氏を支えていたのが、今回疑惑が出ている実弟のT氏だった。
なお祖父も別会社を営んでいて、それなりの財産をH氏らには残していたという。
疑惑が発覚するきっかけは、H氏が亡くなる前の20年4月、確定申告を頼んでいる税理士から「H氏が実弟のT氏とおかしな土地交換をしている」と息子に連絡してきたことだ。
二人が交換したのは、H氏が保有していた77㎡の土地と、T氏が保有していた54㎡の土地。H氏の土地のほうが広く価値も高かったのに、わざわざ価値の低い弟の土地と交換していたのだ。
しかも、H氏が所有していた土地には14年、2000万円の根抵当権が岐阜商工信用組合により設定されていた。債務者はH氏ではなく、実弟T氏の次男が経営する会社だった。また、T氏が所有していた土地にも同じ次男の会社を債務者に1200万円の根抵当権が13年に十六銀行により設定されていた。そして、この土地交換は共に根抵当権が付いたまま行われていた。
有体にいえば、実弟T氏は兄H氏の土地に勝手に根抵当権を付けて次男に資金を融通し、そのうえ、自分の土地の担保を外さないまま兄H氏と交換していた。しかも、自分の狭く価値の低い土地を、兄の価値の高い土地と……。三重にも騙していた疑惑が出てきたわけだ。
(後略)