記事(一部抜粋):2021年8月号掲載

経 済

行くも地獄、戻るも地獄のJR東海

【情報源】

 6月の静岡県知事選で現職の川勝平太氏が4選を果たしたことで、リニア中央新幹線の開業がますます遠のく一方で、またぞろ「リニア不要論」が燻り始めた。昨年のコロナ直後にもリニア計画の見直し論や「そもそもリニアは必要なのか」との不要論が取り沙汰されたが、リニアの静岡工区着工を強硬に拒む川勝知事の今回の再選によって着工は再び暗礁に乗り上げ、開業はさらにズレ込むことになる。
 リニア中央新幹線は、東海道新幹線に代わる東西の大動脈としてJR東海が2027年の品川─名古屋間の開業に向けて工事を進め、37年には大阪まで延伸する総工費約9兆円のビッグプロジェクトだが、すでに27年開業の延期は既定路線、37年の大阪延伸も絶望的だ。
 予想を上回るJR東海の業績悪化も追い打ちをかける。同社の2021年3月期は2015億円もの最終赤字に転落。最終赤字は1987年の国鉄分割民営化で同社が発足して以来、初めてのことである。JR東海といえば、カバーエリアがコンパクトで“ドル箱”の東海道新幹線を抱えるJRグループの優等生と言われたものだが、運輸収入の約9割を占める新幹線がコロナ禍で急ブレーキがかかり、一本足打法の脆さを露呈、財務基盤は大きく揺らいでいる。   いうまでもなく、オンライン会議やテレワークの定着で激減したビジネス需要はコロナ後も移動とリモートの併用によって元には戻らない。交通機関利用者の減少は決して一過性のものではないのだ。
 インバウンド需要はパンデミックが収まればある程度は回復するかもしれない。ただ、「リニアは大半が地下を走行することから、富士山が見えない。中国など多くの海外観光客は東海道新幹線を利用するのでは」(大手旅行代理店)と見る向きもある。いずれにしても、コロナ前の予測より需要は大幅に下振れすることは間違いない。
 リニアは建設コストのうち3兆円を国の財政投融資から調達しており、万が一の事態になれば多額の税金の焦げ付きリスクを伴う。本来であれば、ここで一旦立ち止まってコロナ収束後の新幹線需要を見極め、採算性やJR東海の投資余力を再検証するべきである。
 それでも、JR東海は大井川の生態系が崩れるとして走行ルートの変更を求める川勝静岡県知事に対して「全てが振り出しに戻ってしまう。あり得ない」と突っぱね、リニア撤退についてはもちろん完全否定。「リニア単独で赤字でも、従来の新幹線とセットで黒字であれば問題はない」と強気の姿勢を崩さない。
 それもそのはず、実はリニア計画はJR東海の将来の存続を賭けたプロジェクトなのだ。収益の大半を占める新幹線以外に東名阪ルートを確保する交通手段はない。東海道新幹線は開業から60年近くを経て設備は老朽化、東海地震や富士山噴火など自然災害リスクも抱える。つまり、リニアはJR東海にとって文字通りの“命綱”なのである。

 

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