記事(一部抜粋):2021年7月号掲載

経 済

有象無象に切りとられた超人気ケーキ店

フルーツタルトで有名な「キルフェボン」

 フランス語の「キル・フェ・ボン」をそのまま訳せば、「何てよいお天気だ!」という感嘆文となる。桃やさくらんぼの瑞々しいフルーツタルトが大人気で芸能人御用達となった「キルフェボン」は、青空や燦燦とふりそそぐ陽光をイメージして名づけられたブランドだったのだ。
 しかし、皮肉なことにここ3年あまり、「キルフェボン」を取り巻く社内外の状況はどんよりと暗雲が垂れ込め、一筋の希望の光すら見出せない状態に陥っている。実は、タルトケーキが生み出すおいしい利益に群がってきた一癖二癖ある紳士淑女たちによって食い散らされ、いまやその存続すら危ぶまれているのである。
 内情を知る事情通が言う。
「キルフェボンの創業者兄弟が株を手放したのが2018年の8月でした。それ以降、会社の実質的な経営者がクルクルと入れ替わり、その都度、巨額のキャッシュアウトが起きたのです。このままだと遠からず経営危機が訪れ、ケーキ屋さんとして立ち行かなくなるのは明らかですが、もはや手遅れかもしれません」
 事の発端は、キルフェボンを経営する「ラッシュ」という会社の身売り話である。
 1986年に設立された「ラッシュ」の90%を超す大株主は創業者の兄弟だった。この二人がタルトケーキをヒットさせ、全国で10店舗を経営するまでに「キルフェボン」を育て上げたのだが、そのブランド名が世間に十分認知された頃、二人の間に拡大路線をとるか否か、という根本的な経営方針の違いが生じた。結果として、会社を丸ごと45億円で売却することになったのだという。
 2018年1月、M&Aブローカーがこの売却話を持ちまわり、まもなく買い手が見つかったものの、契約にいたる道は平坦ではなかった。なぜなら手を挙げた買い手の男、元商社マンに破産歴や逮捕歴といった脛の傷があり、加えて複数の偽名を持つ曰くつきの人物だったからだ。それゆえ表の顔にはなれない元商社マンは、ラッシュの持ち株会社として「ODCキャピタル」という新会社を資本金100万円で設立し、知人の税理士を名義上の代表者に据えた。つまり陰のオーナーと名義だけのオーナーが併存していたわけだ。
 事情通が続ける。
「話がもつれ始めたのは、45億円の資金集めに窮した元商社マンが手付金5億円を少々、グレーな企業から調達したためです。カネは返済したものの、大きな借りをつくってしまったために、買収が成功した後、しばらくの間、ラッシュからよくわからない名目でこのグレーな会社に送金されるようになってしまったのです」
 当時のラッシュは、営業利益が3億円というなかなかの優良企業。ここに一匹のジャッカルが喰いついた瞬間とも見えるが、後から考えると、この程度はほんのプロローグにすぎなかった。次から次へと新たな捕食者が現れてはガブッと喰いつくパターンが、醒めない悪夢のように繰り返されたのだ。例えば、買収資金の残りの40億円を融資した東邦銀行を元商社マンに紹介した融資ブローカーは、輪をかけてグレーな人物である。
「彼は2008年に起きた証取法違反事件の首謀者の一人で、元暴力団幹部と一緒に大阪府警に逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けています。最近も、怪しい循環取引で名前が上がっており、捜査当局は今でも反社勢力と関係があると見ています。もちろん、この融資ブローカーが直接、キルフェボンの経営に参加するわけにはいきませんが、融資を引っ張ってきたという大きな功績があるため、彼と親しい公認会計士をラッシュの役員に送り込んだのです」(同)
 こうして18年8月、「ODCキャピタル」に買収されたラッシュは、複数の曰くつきの面々と共に前途多難な一歩を踏み出し、想定通りの主導権争いの果て、より困難な事態に直面していくことになる。別のラッシュの関係者が説明する。
「最初に、陰のオーナーである元商社マンと、融資ブローカーの間に諍いが始まりました。当初は、銀行を紹介した融資ブローカーが優位でしたが、この状態は半年程度しか続かなかった。元商社マンが、きらぼし銀行から30億円の融資を引っ張り、低い利率での借り換えに成功したためです。結果、融資ブローカーが役員として送り込んだ会計士は19年1月に退任。その後、元商社マンの前妻がラッシュを牛耳り始めました」
(後略)

 

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