記事(一部抜粋):2021年6月号掲載

連 載

【コバセツの視点】小林節

「軍隊」と「警察」の違いも弁えない暴論

 5月3日の憲法記念日の改憲派の集会で、例年どおり櫻井よしこ氏が講演した。その中で同氏は、中国の脅威から自由な世界を守ることの重要性を説き、そのために大切な憲法(9条の)改正を主張した。さらに、先行して海上保安庁法25条を改正することを提案した。
 海保法25条は「海保は『軍隊』だと解釈してはならない」と命じている。つまり、海保は海の『警察』だということで、これは世界の常識である。
 世界の海には二種類の海上部隊(武装船団)が存在する。第一が海軍navyで灰色に塗装されている。第二が沿岸警備隊coastguardで白に塗装されており、日本では海上保安庁と呼んでいる。
 海軍は、外国の軍隊による侵攻から自国を守ることが任務である。他方、沿岸警備隊は自国領海内を管轄する警察である。
 軍隊は、自国の領土・領海・領空と国民と主権を守るために外国の軍隊と戦う機関である。他方、警察は、国内で発生する犯罪等の危険を除去する機関である。そういう意味では、火事と救急という危険の除去に特化された消防庁も広義の警察の内である。
 以上が軍隊と警察の役割の違いである。
 だから、櫻井氏の主張するように海保は「軍隊の機能を営む」と法律を改正したら、わが国は世界の常識に反して「白い軍艦」を海に浮かべて混乱を招くことになる。
 しかも、日本国憲法は9条2項で、国際法上の戦争の手段である「戦力(軍隊)」と戦争の資格である「交戦権」を自らに禁じているために、わが国は今は「軍隊」は持てないことになっている。だから、六法全書を見れば明らかなように、自衛隊も、日本国内で(or国内に)警察(警察庁+海上保安庁)では対応できない大きな危険が生じた(or侵入して来た)場合に出動する第二警察(元警察予備隊)という法的位置付けになっている。
 このように、自衛隊自体が(軍隊に相当する武力を装備していても)法的には警察の一種である現状のままで、いきなり海保だけを軍隊だと認めようという主張は、時々耳にするが、法律論としては雑である。
 この議論には、警察官職務執行法7条の武器使用基準を準用させられている海保法20条と自衛隊法88条の改正論も連動している。つまり、警察は、社会に対する具体的な危険を除去するために必要な限度内でしか武器は使用できないという厳格な制限に縛られている。それは、社会から危険を除去し平和を維持する役割の警察が自ら新たな危険を生んではいけないという当然の条理で、「警察比例の原則」という。これも世界の常識である。
 その点で、軍隊については国際的にそのような原則はない。軍隊の武力行使については、その際に個人的な犯罪を行うことは禁じられているが、敵からの攻撃とこちらの反撃が比例していなければならないなどという原則は存在しない。
 だから、第二警察という誕生の由来があるために防衛出動の際の武器使用についても比例原則が適用されるようにも読める自衛隊法88条については、個別的自衛権に基づく専守「防衛」は認められているという政府見解の立場からは、議論の余地はあるだろう。
 しかし、いきなり海保を海軍と認めようなどという議論は、国際法と憲法と行政法を知らない暴論である。

 

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