記事(一部抜粋):2021年6月号掲載

経 済

ソフトバンクが楽天に仕掛けた情報戦

巨額訴訟で「甚大な被害」を演出

(前略)
 ソフトバンクから楽天モバイルに転職したアンテナ設置の男性技術者(45)が、5Gに関する秘密情報を持ち出したとして、警視庁生活経済課に逮捕されたのは今年1月中旬。事件は「高度な機密情報」を盗まれたというソフトバンクの告訴から始まり、ソフトバンクは楽天モバイルがその機密情報を利用していた可能性にも言及してきた。
 犯人について新聞各紙は「難関とされる線路主任技術者の資格保有者」とか「業界内で貴重な存在」、「ソフトバンク在籍中に迷惑電話防止システムなどの特許を発明した」などと報じており、楽天に引き抜かれた“凄腕技術者”が産業スパイに手を染めたというストーリーに沿ったエピソードを報じてきた。
 そしてゴールデンウィーク明けの5月6日、ソフトバンクは楽天モバイルとこの技術者を相手に10億円の損害賠償を起こし、場合によっては賠償額が1000億円に膨らむことまで仄めかしてみせた。
 大手紙の経済部デスクが説明する。
「ソフトバンクは、楽天側が故意に重大な秘密情報を盗んだと世間に印象づけることに成功しました。楽天にとってのイメージダウンは計り知れません。ただ、ここにきて少々、ソフトバンクの言い分の雲行きが怪しくなってきているのも事実です。1000億円は風呂敷を広げすぎにしても、10億円と算定できるほどの実損があったのかというと、正直、それでさえ疑問が残るのです」
 第一に10億円の価値がある機密情報をどうやって盗んだのか、という手口に疑問符がつくという。
 この技術者は高校卒業後、アートコーヒーや郵便局などいくつかの職場を転々とし、ソフトバンクが6社目の勤務先だった。2019年12月31日にソフトバンクを退職し、20年1月から楽天モバイルの正社員となっているが、身分はアンテナ設置に関する技術者で、ハッカーのような高度なプログラミングのスキルを持っていたわけではない。
 報道によれば、彼は退職時期に前後して、私用パソコンでソフトバンクのサーバーに接続し、社用メールにファイルを添付して自分宛のフリーメールに送信していたという。これが事実なら、特別なハッキングをしたわけではないのに、ソフトバンクのファイアウォールが機能していなかったことになる。10億円の機密ファイルがこれほど簡単に奪われてしまうというのでは、逆にソフトバンクのセキュリティーが心配という話にもなりそうだ。
 警視庁担当記者も首を捻る。
「不正競争防止法で逮捕はされましたが、損害が億単位なのかといえば、そこまで大きくないはずです。当初、盗まれたファイルは170くらいと各紙が報じていますが、実際のところ、楽天側のパソコンには1000以上のファイルが残っていたことがわかっている。ただし、そのほとんどは無価値です。例えばNTTのダークファイバー(敷設済みで未使用の光ファイバー)の場所についてのデータ。これはNTTが業者に無償で提供しているものです。もう一つは電柱の位置に関するデータ。こちらは有償なのですが、NTT東日本の分が100万円、NTT西日本のデータも100万円。これらのデータを積算しても被害額を1000万単位にするのも難しいです」
 ファイル数が4桁を数えたのは、地図データが市区町村よりも細かい地域に分割されていたためで、エクセルのマクロプログラムによって電柱の位置がグーグルマップ上に示される形になっていたという。
 警視庁担当記者が続ける。
「根本的な問題は、犯行動機の部分です。そのデータが楽天モバイルにとって役立つものであれば、金額が小さくても盗む意味が生じます。ところが、楽天側は全く役に立つものではなかったと主張していて、その説明にも一理ある。というのも、電柱の位置データについては楽天もNTTから200万円で購入していました。また、この技術者がソフトバンクを辞める前の時点で、楽天のアンテナ基地局の設計は一通り終っていたので、ソフトバンクのデータを参考にする必要はほぼゼロだったというのです。さらに言えば、今時、よほどの田舎でない限り電柱にアンテナは設置しません。ほとんどがビルの屋上なので、なおさらそのデータに意味を見出せないのです」
(中略)
 そうなると、ソフトバンクの巨額訴訟は甚大な被害を演出するための「張子の虎」に見えてくる。この事件を最大限に利用して新規参入者の楽天モバイルにビジネス上のダメージを与える情報戦、ネガティブキャンペーンだと考えれば、とりあえずの辻褄が合うのだ。
(後略)

 

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