記事(一部抜粋):2021年3月号掲載

連 載

【中華からの風にのって】堂園 徹

戦争を回避するための英知

 2020年は中国公船による尖閣諸島周辺の日本領海内侵入日数が333日となり、統計を取り始めて以来最多となった。領海への侵入はほぼ毎日と言ってもよいくらい常態化している。
 中国公船とは、中華人民共和国の沿岸警備を担当する中国海警局の船を指す。海警局の船の侵入に対し、日本は海上保安庁の船が対応している。力による侵入を繰り返している海警局の船を、海上保安庁の船も力によって押し返しているのが現状である。海警局の背後に中国海軍が控えているように、海上保安庁の背後にも海上自衛隊が存在するが、今のところ、中国海軍と海上自衛隊の衝突は起きていない。
 中国公船の侵入について特集したテレビの時事番組で、司会者が防衛大臣経験者のコメンテーターに次のような質問をしていた。
「万が一、中国海軍と海上自衛隊が衝突したら、日本は負けるのでしょうか」
 元防衛相はすかさず「そんなことはありません」と答えたが、そのあとにこう付け加えた。
「ただ、日本の場合は国内の同意が必要で、そこが中国とは違うのです」
 つまり、中国はいつでも海軍を出すことができるが、日本は簡単には海上自衛隊を動かすことができないのである。
 安全保障関連の法案(2015年9月に成立)が論議されていた時、法案に反対する人たちが「日本を戦争のできる国にしていいのか」と主張していた。当時中国に滞在していた筆者はそれを知って「日本は戦争ができない国だったのだ」と改めて認識するのと同時に、戦争ができないはずの日本で「戦争反対」のデモが起き、いつでも軍事行動を起こせる中国では戦争に反対する運動が全く起きていない状況に、ひどく不安な気持ちにさせられた。
 中国のニュースでは日本の法案反対デモを「日本政府が再び軍国化しようとしているので、一般大衆が抗議している」と伝えていたが、軍国化する日本は再び中国を侮るかもしれないと解説することで、中国のさらなる軍事力拡大を正当化しているように思えた。
 中国ではテレビをつけるとどの時間帯であれ必ずどこかのチャンネルで抗日戦争ドラマが放映されている。筆者は最初、中国共産党が国民の間に反日感情を醸成するための政策だと思っていたが、中国滞在期間が長くなるにつれて、中国人の多くがこうしたドラマを見るのが好きであることが分かってきた。
 日本では某テレビドラマの「やられたらやり返す。倍返しだ」という台詞が多くの人の共感を呼んだが、中国でも抗日戦争ドラマを視聴することで「今の中国は中日戦争の時とは違う。中国はやられたらやり返す」という感情を多くの人が共有するようになっている。中華の復興とは「外国からやられたらやり返す力を持つ」という意識の表れでもある。
 第二次世界大戦での日本に対する主要な戦勝国はアメリカ、ソ連(ロシア)、中国で、現在この三カ国は世界の大国である。日本人はこの三つの大国に対して異なる見方をしていると、中国人は思っている。
 アメリカには尊敬の念、ロシアには畏怖の念を抱くが、中国には今も軽侮の念を日本人は持っているのではないかと思っている。アメリカは原爆で日本人に悲惨な思いをさせ、ソ連は満州侵攻で関東軍を壊滅させ日本人を惨めな状況に追いやった。だが中国は日本人をそれほど痛い目に合わせていないので、日本はいまだに中国を下に見ていると思っているのである。そのため日本が再び中国を侮ることがあれば、中国の凄さを思い知らせてやりたいという気持ちがある。
 当の日本は中国を侮るどころか、尖閣に関しては常に中国に配慮して刺激しないよう消極的な姿勢を続けてきた。その結果、中国は「日本は尖閣を盗んだ」と主張するに至った。ほとんどの中国人が尖閣は中国領だと信じているので、日本政府の「国有化」に大衆の怒りが爆発したのだ。
 中国が尖閣の領有権を主張し始めのは海洋油田の発見がきっかけだったが、現在の中国にとって尖閣は油田よりも台湾侵攻の軍事拠点として重要になっており、習近平は毛沢東も鄧小平も成し遂げられなかった台湾統一で歴史に名を残す野心を露わにしている。
 鄧小平は、台湾の独裁者だった蒋経国とはモスクワ留学時代の親友だったことから、この個人的関係を利用して台湾の平和的統一を果たそうとしたが、蒋経国から拒絶された。いまの台湾には独裁者は存在せず、また習近平も台湾の指導者と個人的関係を築いていない。そのうえ香港の一国二制度の現状からして、台湾が統一に同意する可能性はゼロに等しい。そうなると武力による統一しかなく、台湾から近距離にある尖閣は強力な軍事拠点になる。
 日本には「無人島のために紛争になるぐらいなら、尖閣の領有権など放棄すればいい」と考える人もいる。しかし尖閣に中国が軍事拠点をつくれば、台湾だけでなく日本の安全も脅かされることになる。
 戦後の日本は長い間、外国と武力衝突する危険性はなかった。日米安保もあって、日本が外国から攻撃を受けることは考えられなかった。そのような環境だったので、日本の平和運動は戦争反対を唱えていれば済んだ。だが、これから先も日本が紛争に巻き込まれないという保証はない。
(後略)

 

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