記事(一部抜粋):2021年3月号掲載

政 治

「日の丸損壊罪」という現代の踏み絵

【コバセツの視点】小林節

 自民党の議員集団から「日の丸損壊罪」の新設(刑法改正)という提案が出て来た。提案者達は真顔でむしろ得意顔である。「正しい事をしている」という確信があるのだろう。その主張は実に単純明快である。曰く、「外国の国旗(国章)損壊罪(刑法92条)があるのに、わが国の国旗を損壊して罪にならないのはおかしい」。
 しかし、それは実は危険な暴論である。
 テレビのニュースで、日本国政府の対応に激昂した外国の群衆が、その国の街頭で日本の首相の写真と日の丸に×印を書きつけて足で踏みつけてから燃やすのを見たことがある。日本人の私としては気分は良くなかった。しかし、それだけで何か特定の行動に移らないのが現代の普通の日本人である。
 ところが、地球上に200もある国家の中には、自国の国旗に対する損壊を自国に対する侮辱と捉えて、他国大使館に対する襲撃や宣戦布告を試みる人々も、過去にいたし、現に存在する。しかも、この怒った人々はわが国の主権の及ばない所にいるのでやっかいである。だから、他国の国章を損壊することは確かに無礼ではあるし、外交上の不測の事態を招かない為に外国国旗損壊罪は存在理由がある。
 他方、日本国の主(主権者)である私達が、日本国(それを代表する政府)のあり方、つまり、与党が主導する政治に賛成する場合には、その種の集会や行進に参加して日の丸の小旗を振れば明確な意思表示になる。反対に、政府のやり方が気に入らない日本国民は、憲法21条で保障された反政府集会に参加して、「表現の自由」として、自己所有の日の丸の小旗に×印を書きつけたものを掲げたりそれを踏みつけてみたりすれば、無言でも明確な意思表示になる。
 歴史の成果としての「自由」で「民主的」な体制こそが正しいと信じる私達は(つまり日本やアメリカでは)、人間が先天的に個性的で多様な存在である以上、多数の「異論が共存」することを当然の前提にしている。そして、自由な討論を経て進歩・前進して行く社会で私達は暮らしている。
 ところが、「日の丸損壊罪」が存在したら変な事を仕掛けることができてしまう。私がいわゆる右翼なら、集団で、日の丸の小旗を持っていわゆる左翼の集会の出入口に押し掛ける。これも憲法が保障する集会・表現の自由である。そして、左翼の集会に出入りする人々に「反日!」と罵声を浴びせながら日の丸を突き出してみる。相手は反発して日の丸を叩き落とすだろう。そして、中には怒ってその旗を踏みつける者もいて自然である。
(後略)

 

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