記事(一部抜粋):2021年1月号掲載

社会・文化

建設労働者の退職金共済制度 横行する“公金横領”の実態

【狙われるシルバー世代】山岡俊介

 ご存知の方は多くないと思うが、いわゆる3K労働の典型とされる建設業の現場労働者が退職金を受けとれる「建設業退職金共済(建退共)」という制度がある。
 筆者も現場労働者から今回の告発を受けるまで知らなかったのだが、この制度ができたのは1964年のことだ。
 現在ではゼネコンを筆頭に建設業に関わる事業者の加入率は8割以上ともいわれる。2019年度の共済加入事業者は約17万カ所、加入労働者は約217万人、同年の退職金支払い総額は約513億円となっている。
 戦後の焼け野原からの復興、そして高度経済成長期を通じてわが国には近代的なビルが数多く建てられた。それは、関西だと「釜ヶ崎」、関東だと「山谷」に代表されるドヤ街(寄せ場)から供給される日雇いの建設現場労働者の力によるところが大きい。
 彼ら現場労働者は、一つのビルが完成すると別の現場に異動する。彼らを雇う事業主もその度に異なる場合もある。一方で、老後の生活を見据えた社会保障制度は戦後長らく整っていなかった。このままでは建設現場労働者は退職金もろくにもらえず悲惨な老後を迎えかねない。それではわが国の建設業界の発展もない──ということで設けられたのがこの制度だ。
(中略)
 この建退共が給付した退職金額は1人平均で約91万円。これだけ聞けば「そんなものでは何の足しにもならない」と思われるかもしれない。しかし、仕事にあぶれたのでとりあえず建設現場に職を求めた者も多く、その場合は短期間で辞めてしまうため、平均額はどうしても低くなる。実際、30年働けば約400万円が支給されるので、十分とはいえないものの、それなりの足しになるのは事実だろう。ちなみに19年度の場合、最高受給額は1265万円にのぼる。
 では、なぜ不十分とはいえそれだけの支払いが可能なのか。
 退職金の“原資”は、建退共に加入する事業者が、雇った労働者一人ひとりに1日毎に配布する310円の共済証紙。労働者はこれを自身の共済手帳に貼り、事業者が証紙毎に消印を押す。現場を移ったら移った先の事業者から同様に証紙をもらい手帳に貼っていく。こうして溜まった手帳(1冊250日分)を退職時、この310円を預かって資金運用している(総額1兆円以上)建退共に提出すれば、通算の証紙数に見合った額の退職金を受給できる仕組みだ。
 建退共に加入すると事業者は労働者1人あたり1日310円を負担しなくてはならないため、かつては建退共に加入しない業者も多かった。それでも今日、加入率が8割以上といわれるようになったのは、①公共工事を発注する自治体側が発注額にこの310円分も含めている(すなわち我々の税金で補われている)、②民間工事の場合でも建設事業者が払い込む310円の証紙代は損金または必要経費として全額非課税となる、③建退共に加入すると公共工事の入札で加点評価される、④新たに建退共に加入した労働者の最初の50日分=1万5500円分を国が補助する──などが理由としてあげられる。
 そして建退共のホームページを見ると、この制度について加入企業、受給者のこんな声が掲載されている(一部要約)。
「一人親方として50年以上加入させていただきました。仕事ができるうちに蓄えればよいのかもしれませんが、現実はそうもいきません。退職した現在の収入は月4万円程度の国民年金しかなく、これだけでは生活は成り立ちません。しかし、建退共制度で頂いた退職金のお陰で何とか生活でき、大変助かっております」(岐阜県、退職金受給者)
 こうした声を聞くと、建退共制度は実に結構なことだと思う。
 だが、その一方で、実際には310円の証紙が手帳に添付されていないケースがいまだに多くあるという。公共工事の場合、証紙代は我々国民の税金で賄われているのだから、業者が労働者に証紙を渡さなければ公金横領だ。なぜそんなことが起こり得るのか?
 建退共は事業者に対し、日雇い労働者の場合には、賃金を支払う都度、証紙を手帳に貼り、消印を押すことを勧めている。しかし実際の現場では、毎日そんなことをするのは手間がかかるので後でまとめてやるのが一般的。そのため建退共も「少なくとも月に1回」と指導している。
 しかし現実には1カ月しない間に現場を去る労働者もいるし、「現場が終わった時にまとめてやる」といいながら、結局、証紙を出さない業者もいる。
 また、厳密にいえば、証紙1枚は8時間労働分なので、現場で残業4時間が2日あれば、証紙を3枚手帳に貼らなければならないのに、実際は2枚だけというケースもある。
 なぜ、このような証紙の出し渋りがあるかというと、公共工事の金額には証紙代も含まれていると前述したが、証紙を出さなければその分、業者の儲けが多くなるからだ。証紙は実質、金券であり現金化できる。浮かせた証紙を親しい業者に少し安く転売すれば、売る業者も、購入する業者もその分が利益になる。現実に共済証紙がネットオークションに売りに出されているケースもあるのだ。
 さすがに大成建設や清水建設といったゼネコンは、そんなことをやると事件になり、公共工事から締め出されることになるので、不正に手を染めることはない。やるのは1次下請け、2次下請けクラスが多いようだ。
「今は1年以上に緩和されたが、10年ぐらい前までは通算して2年分以上証紙が溜まらないと退職金は支払われなかった。また、2013年1月までは手帳に書かれているのは労働者の名前とナンバーだけだったため、建退共が連絡を取ろうにも把握している現場から移転してしまうと追跡できなかった。だから、最初だけ労働者に証紙を出し、加盟業者として公共工事を受注したら、後は証紙を出さないという行為が横行していた。また証紙を出すことは出すが、手帳が本人に渡らず、業者側がその退職金を横領するケースもある」(事情通)
 それでは、今回の告発者のケースを具体的に見てみよう。
 現在40代半ばの鳶職であるY氏は、これまでK社の傘下で約16年働いてきた。K社は東京五輪のメーン会場となる国立競技場の建設工事に大手ゼネコン・清水建設の1次下請けとして参加した実績があり、年商は50億円近い。ところがY氏がこれまでに得た証紙は250枚にすぎない。
(後略)

 

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