記事(一部抜粋):2020年9月号掲載

連 載

【新ニッポン論】田中康夫

クラッチ・アクセル・ブレーキ

 AI=artificial intelligenceなる符牒で知られる「人工知能」。9世紀前半にバグダッドでアッバース朝に仕えた天文学者アル=フワーリズミー由来の、計算手順や処理手順を意味する「アルゴリズムalgorithm」。2つの惹句で全ての事象は説明し得る、と喧伝され勝ちな日本の視野狭窄な風潮に抗うべく、物事を捉える上での「クラッチ」の効用を今一度、考えるべき。クラッチとは謂わば「塩梅」。アクセルとブレーキの不毛な二元論を止揚する「弁証法」です。
 欧州では自動変速機=オートマチック・トランスミッションでなく手動変速機=マニュアル・トランスミッションのMT車が乗用車の85%を占め、フランス・イタリアに至っては95%。対照的にアメリカと日本はAT車が99%。クラッチを用いねば忽ちエンストするMT車こそ、最強の自動ブレーキ機能を有する高齢者向きの乗用車。にも拘らず、楽をしたい人を優遇する極東の資本主義国では、AT車限定免許を取得する方が自動車学校の教習料金も廉価。第一種普通自動車免許保有者の6割以上がAT限定免許の島国です。
「燃費が悪くて価格も高いから」といった単純な理由でAT車を拒絶している訳でないヨーロッパは、「科学を用いて・技術を超える」べく対話する心智を共有しているのです。「科学を信じて・技術を疑わぬ」太平洋の“同床異夢”な同盟国との大きな違いです。
 ギリシア語で自己を意味するオートと、製作・生産・創作を意味するポイエーシスの合体が、生命システムを意味するオートポイエーシスautopoiesi。技術のテクノロジーも同じくギリシア語で技巧・工芸・芸術を意味するテクネを接尾辞として用いる場合に語尾変化したテクノと、研究・学問・知識を意味するロジアの合体。「オート」とは本来、自動には非ず。37兆個もの細胞が無手勝流でなく、然りとて全ての動きを脳が指示・制御し得る筈も無く、緩やかなネットワークの一員として、自分で考え・語り・動く自律的な意味合い。「マニュアル」も、アルゴリズム的対応手順を事細かに記した書面ではなく、手動変速機のマニュアル、言い換えたなら料理の味加減に通ずる塩梅。
 とまれ、分子免疫学の泰斗・本庶佑氏は3月段階から「感染症に検査は基本。早期検査・早期治療。毎日1万人以上のPCR検査を大学の研究室でも3人で1日に100検体はこなせます」と看破。が、「早期発見・早期治療」こそ国民皆保険制度の根幹だった日本では今回、基礎医学と臨床医学の落伍者が往々にして逃げ込む公衆衛生=社会医学の自笑「専門家」連中が豈図らんや跳梁跋扈。
 水銀体温計の“赤ペン先生”判断基準は37℃だったのを、「原子力ムラ」の「誤用学捨」と同じ穴の狢で37.5℃へ「歴史修正」。PCRスンナ派「五人組」と僕が命名の尾身茂自治医科大学名誉教授、脇田隆字国立感染症研究所長、押谷仁東北大学教授、西浦博北海道大学➡京都大学教授、迷言「コロナ、そこまでのものか」岡部信彦川崎市健康安全研究所長は、「おうちで治そう」「4日間はうちで」と昔懐かしき竹槍精神論、更には我が家のトイ・プードルLottaもお口アングリなワンワン語で夏休み「STAY.GO.EAT.HOUSE」を唱和。
 安倍晋三首相「PCR検査拡充指令」を公然とサボタージュの厚労省「医系技官」宦官集団は、カメレオン尾身と同様に御し易い調整型のiPS細胞の大家は登用しても、「常識を疑う大切さ」を説く本庶氏は敬して遠ざける始末。歴代最長宰相は今からでも、ブレーキ・アクセル・クラッチの塩梅を熟知した日本版アンソニー・ファウチ抜擢を政権の数少なき「レガシー」とすべきなのにね。

 

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