記事(一部抜粋):2020年8月号掲載

連 載

【コバセツの視点】小林節

憲法9条「信者」の限界

 私は既に40年近くも論壇で憲法論議に参加してきたが、今、一番の論点である9条について世論は大きく三分されているように見える。
 一番右が、安倍首相、日本会議等の立場である。それは、独立主権国家である以上、国際法上認められている「完全な(つまり制約なき)自衛権」を持つ国になるために憲法を改正すべきだ……という立場である。これは一見、世界の常識、「普通の国家」論ではある。しかし、この立場の人々は、防衛政策として、米軍の友軍として地球上でアメリカの軍事行動に付き合うことで、いざという時に米軍に来援してもらうことにより中国の軍事的圧力から日本を守ろうとしている。つまり、「米軍の戦争に日本が付き合わなければ、いざという時に日本は米軍に守ってもらえない」という思い込みが前提にある。
 他方、一番左が、9条制定時の政府見解と同じで、非武装中立論の「信者」である。今でも、「自衛隊は憲法違反だから解体しなければならない」、「中国軍が攻め込んで来たら無抵抗で国を明け渡せば、人も死なず国土も無傷だ」(これは「非武装『中立』論」ではなく「強者に対する隷属論」だが)などと、この私に直接言えてしまう人々である。
 そして、意外に多いのが中間派である。彼らは、自衛隊が合憲か違憲か? についてはあまり関心がないというか、それを問われても答えに窮するが、そんなことはどうでも構わないと考えている。しかし、中国と北朝鮮の侵略性が明らかである以上、国防力は必要だ……という立場である。この立場の人々は、今の自衛隊を認めているし、北朝鮮のミサイルは怖いし、中国の南シナ海での行動や尖閣諸島に対する威嚇に不信感を持っており、自衛隊と日米安保の必要性を認めている。
 このような状況下で、私のように、現行9条を守った上で「専守防衛」の自衛隊を強化し政治がその覚悟を持つことで日本は他国の脅威から守られる……という立場は、弱小派である。その上で、右派からは「9条を墨守する『反日』国賊」と呼ばれるし、左派にとっては「自衛隊を合憲とする『軍国主義者』」になってしまう。
 しかし、アメリカの世界戦略の一環として日本に基地を置いている米軍の莫大な費用を負担している日本をいざという時に米軍が守らない……と考える方が非常識である。
 また、「中国が攻めて来たら黙って従えば良い」と言っている人々は、チベットやウイグルで民族の言語、文化、歴史まで暴力的に否定されている人々の体験が「明日はわが身」だとは気付かないのだろうか? 本当に不思議である。
 自分達の運命は自分達で決めるべきで、他国の軍事力によって決められるべきものではない。しかも、わが国の能力をもって専守防衛に徹すればそれは可能だと歴史が教えてくれている。
 今、9条改正が提案されたら、右派と左派の二者択一を迫られた国民の多くの中間派は、自衛隊を否定する左派よりも自衛隊を肯定する右派を選択せざるを得ないであろう。
 しかし、それで良いのだろうか?
 もちろん「非武装」の敗北主義は論外である。しかし、米軍の二軍になって他国間の紛争に介入することも、新しい敵を作り戦費破産に至る滅びへの道であろう。
 日本らしい選択肢があるはずだ。

 

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