任期満了の都知事選が9年ぶりに執行される。オリンピックやコロナで露出過剰の小池百合子が圧勝しそうだという。本人は「充実した4年間だった」と語ってるが、何が充実していたのか? 出馬したときの公約は待機児童、介護離職、残業、都道の電柱、満員電車、多摩格差、ペット殺処分の「7つのゼロをめざします」だったが、殺処分以外はほとんど進捗がなかった。コロナ危機で満員電車が一時的になくなったことはあったが、これは悪い冗談だろう。
彼女は就任早々、築地市場の豊洲移転に待ったをかけた。土質に汚染物質が含まれ衛生上問題がある、というのがその理由だが、石原慎太郎元知事やその取り巻きだった浜渦武生元副知事などを議会に呼んで血祭りに上げることに重点が置かれていた。結局2年後に豊洲は開場したが、地下水や土質の問題は残ったままで、遅延による都民の負担は200億円以上に達した。
国政進出にも野心を持つ小池は地域政党「都民ファーストの会」を母体に「希望の党」を立ち上げ国政選挙に打って出る。安倍自民党の強さに危機感を持った民進党議員の多くが(自分たちが反対した)新安保2法案に賛成すべしという踏み絵を踏まされて移籍してきた。しかし17年の総選挙では全く振るわず、虫歯が欠けるように議員たちは脱党して国民民主党などを形成、希望の党は政党要件を欠いて7カ月で消滅してしまった。
コロナ危機が世界的に広がるなか、小池はオリンピック開催に最後まで固執したが、1年間の延期が決まると間髪を入れずにロックダウンだとか自粛要請だとか言い始めた。その後ロックダウンは日本の法律では難しいことが分かったらしく、「ゴールデンウイークではなくステイホームウイーク」などと言葉遊びに明け暮れる間に、吉村洋文大坂府知事などにスポットライトが当たるようになる。しかしそこは小池劇場。簡単には舞台から降りない。「東京アラート」という言葉を発明し、その諸条件を満たさないのに発令した。その後、東京が日本全体の感染者の過半数を超えている最悪の状態でアラートを解除し、かつステップ3に進んで休業要請を全面解除してしまった。なぜアラートなのか、なんで解除するのか、自分で作ったルールなどほとんど横に置いてレインボーブリッジの赤ランプをつけたり消したりした。
(後略)