記事(一部抜粋):2019年10月号掲載

連 載

カジノの見える丘公園

【田中康夫の新ニッポン論】

「港の見える丘公園」がお好きですか? それとも「カジノの見える丘公園」をお望みですか?
 紛糾する「横浜カジノ問題」にTVで触れると、「お前は何時からハコモノ行政マンセー派に転向したのだ!」と笑止千万な脊髄反射メールが届きました。情弱な御仁は「クルーズ船も横付け可能な保税地域の山下ふ頭に(会場面積で世界77位と10万平米にも満たない東京ビッグサイトを超えて)他国に伍する25万平米規模の見本市展示場を民設・民営で設けるハーバーリゾートこそ、持続可能な雇用と活力を地元に生む」と力説する藤木幸夫日本港運協会副会長の卓見が理解不能なのです。
 47万平米のハノーバー、40万平米の上海、37万平米のフランクフルト、35万平米のミラノには及ばぬものの、実現したなら24万平米のパリ、シカゴより広く、広州、雲南省の昆明、ケルン、デュッセルドルフに次ぐ世界9位。だだっ広い「ハコモノ」は、関東大震災クラスの大災害時に「ノアの箱舟」として活用可能。96年前、横浜市の死者は2万5千人。5倍の人口だった東京市は陸軍本所被服廠跡地での犠牲者を除くと2万8千人。半農半漁の寒村が「文明開化」で国際港湾都市へと変身した歴史の中で殆ど語られていない惨劇です。
 カジノありきのIR統合型リゾートは迷路のような建物内で宿泊も食事も完結させる「令和の囲い込み運動」。藤木氏が牽引するYHR横浜港ハーバーリゾート協会の構想は対極です。出展者や来場者は中華街に出掛け、近隣のホテルで商談や宴会を行い、その間に伴侶や子供や祖父母もエンターテインメントを楽しめる、売り手・買い手・世間の「三方良し」。
 ゴールドラッシュに沸いた19世紀半ばに“命の洗濯場所”としてネバダ砂漠に誕生したラスヴェガスが、世界最大のCES全米家電見本市、IBMやアップルの新製品発表会を誘致し、バリー・マニロウ等のショーも充実させ、1973年に浜田幸一氏が5億円を擦った過去から「ファミリー・デスティネーション」へと変貌を遂げた教訓にも学んだ上での構想です。
 冒頭のメールには「したり顔でカジノの素人が語るな」と叱責の言葉も記されていました。お言葉ですが、ドナルド・トランプが「囲い込み運動」で大火傷を負ったアトランティック・シティこそ未訪問なれど、計10ヶ国11箇所のカジノに足を踏み入れた経験を有します。ラスヴェガス、マカオ、シンガポール、オーストラリアのパース、南アフリカのサンシティ、アゼルバイジャンのバクーetc。
 バクーは、オリガルヒと呼ばれるロシアの富豪がシロヴィキと呼ばれる高官を「接待」する場所として、映画『007ワールド・イズ・ノット・イナフ』に登場。雇った「プロ」がディーラーと示し合わせて敢えて負け、「合法的」資金洗浄を完遂する仕組が描かれます。他方、艶麗な女性が「待機」する夜總會とセットで中国の高官を富裕人士が「接待」していたマカオは好事魔多し、習近平の腐敗撲滅運動で失速気味です。
 欧州には、1638年から営まれる世界最古でジャコモ・カサノヴァも通ったイタリアのヴェネチア、マレーネ・ディートリッヒが「世界で最も美しいカジノ」と称揚したドイツの温泉保養地バーデン=バーデンに象徴される、モナコのモンテ─カルロとも趣を異にする小振りで上品なサローネが存在します。ギンギラギンな東南アジアのカジノを公費で視察して半可通を気取る公人が知らない世界。
 国際カジノ研究所主宰の木曽崇氏曰く、5千億〜8千億円を外資カジノ事業者は投資するから日本企業側も同程度を出資せねば産業として根付かないと明言。「カジノの見える丘公園」は、持続可能な成長戦略として実現可能かな?

 

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