記事(一部抜粋):2019年9月号掲載

政 治

N国党「参院選体験記

前参院選候補者 坂本雅彦

 7月の参院選で「NHKから国民を守る党」(N国党)が全国比例区で当選者を出し、選挙区で2%を超える得票率を得て政党要件を満たした。これについて予想外の結果と見る向きが多いと思うが、同党公認で岐阜選挙区から立候補した私の視点で、N国党の参院選を振り返りたい。
 N国党を率いるのは「NHKをぶっ壊す」というフレーズでおなじみの元NHK職員、立花孝志氏である。1986年に大阪の高校を卒業してNHK和歌山放送局に入局。2005年にNHKの不正を『週刊文春』で内部告発し懲戒処分を受け退職した後はパチプロとして過ごしていという変わり種だ。2013年に「NHKから国民を守る党」を設立し代表に就任。当初はみんなの党や大阪維新の会、民主党にNHK問題への取り組みを依頼して回ったが、一向に埒があかないことから、自ら政治家を目指すことにしたという。
 立花氏が活動のツールとして目をつけたのが動画再生サイトのユーチューブだ。地盤、看板、鞄を持たない立花氏にとって、一方的に好きなことを好きな時間に好きなだけ発信でき、お金もかからない(逆にお金がもらえる)ユーチューブは魔法のツールだった。
 NHKふれあいセンターに電話で抗議したり、NHK集金人を待ち伏せして追い掛ける様子を動画に撮って配信する。さらにはNHKに勤務していた頃の裏話を赤裸々に公表……。過激な発言や行動が話題を呼び、立花氏のユーチューブの再生回数は日増しに増えていった。一方で、受信契約者に代わってNHKと交渉したり、民事裁判を手がけるなどのサービスも始めるが、これは弁護士法違反で警視庁の家宅捜索を受けて挫折している。
 N国党の公約はたった一つ。NHKのスクランブル放送を実現すること、それだけである。スクランブル放送とは、見たい人はお金を払ってみる、見ない人、お金を払っていない人への電波はストップするというもので、スカパーやWOWWOWと同様の方式だ。現状ではNHKに受信料を払っている人も払っていない人もNHKの放送を見ることができる。N国党は受信料を支払わない人への電波を止めるべきだという単純明快な主張をしているにすぎない。
 受信料を支払っていなくても電波が送られ続け、受信料の滞納額が膨らんでいく。電気や水道や電話料金は支払わないとサービスを止められるが、NHKの電波は一方的に送られ続けて止まることはない。N国党の主張は、スクランブル放送を導入して受信料制度を平等なものに改めるというもので、それには放送法を改正する必要があるので、国会に議員を送り込むための活動をおこなっているのである。
 ならばN国党の地方議員は何のために存在するのか。それはNHKの集金人対策のためだ。NHKの集金人は昼夜を問わずアポなしで戸別訪問し受信契約を迫る。集金人の中には粗暴な者もいる。そうした集金人から市民を守る役を担うのがN国党地方議員の役割だ。
 方法は三つ。一つはNHK撃退シールなるものを市民の求めに応じて配布する。玄関の外から見えるところに貼っておくと抑止効果になり、集金人が訪問を断念するケースもある。彼らもN国党とは関わりたくないのだ。
 二つ目はNHK集金人の訪問を受けて困っている市民からの相談に乗り、適切なアドバイスをすることだ。撃退シールには各地方議員の携帯電話番号が書いてあり、いつでも電話相談に乗れる態勢をとっている。携帯番号を公表して活動している議員がN国党の議員のほかにいるだろうか。
 三つ目は各議会でNHKの戸別訪問を規制する条例の制定を目指すことだ。サラ金ですら午後9時から午前8時までは取立行為を禁じられているのに、NHKの集金業務はそうした規制から除外されている。現に、NHKの集金業務を担う委託会社の求人情報を見ると“早朝や深夜、休日での訪問活動が有効”などと謳っている。公共放送であるNHKの戸別訪問活動がこの状態でよいのだろうか。
 N国党の地方議員の前職はさまざまだ。トラック運転手、ニコニコ動画配信者、自動車教習所教官、アイドルの卵、シングルマザー、地方公務員、介護士、教員……とバラエティーに富んでいる。とはいえ、N国党は今回、政党要件を満たしたとはいえ未熟な組織だ。N国党から地方選に出馬し、当選後に離党する輩も少なくない。最大で39名いた在籍議員は現在では30名まで減っている。
 ここからは私のことを書かせて頂く。
 今年6月10日の夜、立花氏が参院選の全国の選挙区で立候補者を募る動画をユーチューブに上げた。それまでは比例区3名、選挙区7名の合計10名の立候補を予定していた。つまり比例区で立花氏の当選を狙うとともに、比例区で得票率2%を獲得して政党要件を満たすことを目標としていた。ところが直前になって、選挙区での得票も2%を満たせば政党要件を満たすことを知り、大急ぎで全国の選挙区での立候補者擁立に動いたのだ。
 以前から面識のあった私が立花氏に連絡すると、その場で千葉県から出馬することが決まった。もちろん供託金などの費用は自腹である。当選することは100%ありえない。供託金が戻ってくることも考えにくい。しかし立花氏の長年の奮闘を知っていた私は自腹での立候補を受け入れた。
 参院選直前の6月24日くらいまでに日本全国37の選挙区でN国党の候補者が出そろった。もちろん、党にそれだけの候補者を擁立するだけの資金はない。公認された者の多くも自腹で資金は用意できない。そこで立花氏はユーチューブで年利15%という高利息で選挙資金の借用を募った。資金はすぐに集まった。
 私も知り合いから「立候補したいので立花氏を紹介してほしい」と言われ紹介した。その人は岐阜選挙区での公認が決まったが、6月20日を過ぎてから立候補を取りやめたいと連絡があった。急遽、立花氏から「千葉から岐阜の選挙区に回ってほしい」と言われ、私はそれを承諾した。首都圏の千葉なら岐阜よりも代わりの候補者を見つけやすいからだ。
 千葉もそうだが、岐阜も私にとっては縁もゆかりもない土地だ。しかし出た以上は得票率2%以上がノルマである。それをクリアしないとN国党の選挙戦に貢献できないどころか足を引っ張っることになる。それだけはプライドが許さない。
(中略)
 N国党の候補者の政見放送は各地でド肝を抜いた。立花氏は比例区の政見放送17分間の冒頭3分間、「不倫、路上、カーセックス」と連呼した。NHK山梨放送局のキャスターが写真週刊誌に撮られた3年前のスキャンダルを蒸し返したのだ。
 その他の候補者も凄い。無言で5分30秒を通した者。「NHKをぶっ壊す」だけを5分30秒繰り返した者。姉妹の設定でNHKをこきおろす寸劇を演じた者。酔っぱらって「令和天皇万歳」と繰り返した者。和服にロン毛で現れたミュージシャンもどき。セーラー服風の衣裳で登場しアニメ声で「NHKをぶっ壊す」と叫んだGカップニコ生配信者。「ぼーっとしてんじゃねぇぞ国会議員、ぼーっとしてんじゃねぇぞNHK」と叫んだ比例区候補の岡本ゆきのぶ氏は小中学生の間で大人気となり、選挙中、彼の周りは大賑わいだった。彼らの政見放送は全国に流れ、それは瞬く間にユーチューブ上にアップロードされていった。
 ちなみに、ユーチューブにあがった各党の動画の再生回数は、自民党約16万回、立憲民主党約3万回、れいわ新選組約60万回、N国党約400万回である。
 もっとも、N国党候補者の全員がふざけた政見放送をしたわけではない。多くの候補は用意した原稿を読み、「NHKをぶっ壊す」と数回控えめに言う程度だった。それが通常の常識の持ち主のギリギリの許容範囲だろう。手前味噌だが、政見放送の真面目バージョンの原稿は私が書いた。
(中略)
 7月24日の開票日、私が手配して赤坂の結婚式場を一夜借り切った。会場にはテレビ各社のスタッフが詰めかけたが、新聞記者はN国党を諸派扱いした報復として立花氏が取材拒否をした。党名を明記して報道した東京新聞と朝日新聞だけは会場内に入ることができた。明け方4時、最後の当選者として立花氏にNHKが当確を打った。期待していたユーチューブの視聴者層が動いてくれたからに違いない。「ネット選挙」の可能性を予感させる瞬間でもあった。
 得票率は比例では1.97%で2%にわずかに届かなかったが、選挙区では3%を超える票を得て政党要件を満たすことができた。岐阜選挙区はおかげさまで7.48%とノルマの2%を大きく超え、党の目標達成に大きく貢献することができた。N国党色を薄めて「自民党より自民党寄り」を演じたのがよかったのだと思う。
 参院選の結果、これまでは見向きもしなかったマスメディアが立花氏やN国党を取り上げるようになった。多くは批判的なものだが、党の知名度が飛躍的に上がったのは確かだ。地方議員だけでなく国会議員を生んだことで今後の政治活動を大きく前進させる契機になったのは間違いない。これからは堂々と放送法の改正を目指すと言えるのだ。
 立花氏が6年前にワンルームマンションでたった一人で始めた活動は新たなステージに入った。次はどんな作戦を繰り出すか楽しみだ。私にとっても、参院選はかつて経験したことのないほどの頓珍漢ですっとこどっこいで間抜けで底抜けに楽しいフェスティバルだった。忘れられない夏を経験できたことに感謝している。

 

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