記事(一部抜粋):2019年3月号掲載

社会・文化

藤本義一氏の遺族が兵庫県と社会福祉法人を告発した理由

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 直木賞作家だった藤本義一氏(故人)の妻(84)ら遺族3名が2月15日、兵庫県に4700万円の損害賠償を求める訴訟を神戸地裁に提起するとともに、県の担当幹部と社会福祉法人、同法人理事長についても神戸地検に告訴・告発した。
 藤本氏は2012年10月末に79歳で亡くなるまで、「浜風の家」(兵庫県芦屋市)を運営する社会福祉法人「のぞみ会」(18年9月解散)の理事長を務めていた(それ以降は妻の藤本統紀子氏が理事長に)。
 浜風の家は、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災の遺児・孤児の心のケア・ハウスとして、99年1月にオープンした(両親を亡くした子は113人、片親を亡くした子は641人)。本来こうした支援は行政がすべきものかもしれないが、行政に頼るだけでは不平不満が募ると考えて設立を決めたという。
(中略)
 土地(約350坪)は設立当初は兵庫県から相場の半額で賃借していたが、ログハウス風の建物(木造2階建て。床面積は約400㎡)の建設費約2億円、年間運営費約1500万円などをすべて寄付に依っていたため、経営が厳しくなり、5年目以降は県から無償で借りていた。
 しかしオープンして19年後の2018年1月、浜風の家は閉館を余儀なくされた。土地使用の権利が18年3月末で切れるとして、県が再更新を拒否したからだ。この間、のべ約20万人が利用し、オープン1周年には皇太子殿下が訪問。また厚生大臣が視察に訪れることもあったという。
 確かに、震災遺児・孤児たちはすでに成人となり、設立当初の目的は達したので、閉館はやむを得ないという見方もできる。だが、この間、浜風の家は震災遺児・孤児以外の子どもたちの交流の場として、さらに子どもと大人(特に高齢者)のふれあいの場としても大きな役割を果たしており、児童館として、また震災遺児・孤児をケアした記念館として存続を望む声が強かった。
 しかし県は、使用期限が切れたこの土地を上物(=浜風の家)付きで売却(入札)することを決定。18年3月に入札を実施した。浜風の家の存続を願う「のぞみ会」側はこの入札に参加したが、落札できず、土地は別の社会福祉法人の手に渡った。
 この経過だけを見れば、のぞみ会には気の毒ではあるが、適正に事が運んだようにも思える。ではなぜ、損害賠償請求、そして告訴・告発に至ったのか。
 この一件は、遺族が神戸地裁の司法記者クラブで記者会見したため、ごく一部だが大手マスコミでも報道されている。しかし、概略を簡単に伝えているにすぎない。
 筆者が取材を進めると、入札の経過などに不可解な点がいくつも浮かび上がってきた。そこで今回は、この疑惑の詳報をお伝えすることにする。
 まずは入札に関して。
 1回目の入札は18年3月9日におこなわれ、4者が参加した。
 この時、のぞみ会側は1億3024万円で一番高い金額を入れた。しかし1億5000万円強の最低落札価格に届かなかったとして不調に終わる。
 再入札には1回目に参加した4者のうち2者が参加。のぞみ会側は金額を1億5000万円に上げた。それでも最低落札価格には届かなかったが、県側は遺族側に「最低落札価格とわずか70万円ほどの差なので、本来なら再々入札だった。しかし2回目の入札時、のぞみ会側は金額の前に¥マークを付けない入札書不備があったので再々入札ができなかった」旨、説明したという。
 そして2週間後の3月23日に2回目の入札があり、むろんのぞみ会側も参加したが、社会福祉法人「明倫福祉会」(神戸市中央区。宮地千尋理事長)がダントツに高い約2億2100万円で落札した。
 結果、明倫福祉会は土地と共に浜風の家の建物も手に入れたが、建物は老朽化しているとしてすでに取り壊し、今後、同地に福祉施設を建設する予定という。
 関係者がいう。
「3月9日の入札には明倫福祉会も参加していたが、提示金額はわずか6200万円で4者中最低額。再入札は辞退している。今から思うと1回目の入札は、のぞみ会側にはできる限りの配慮をしたとの姿勢を見せる、いわばアリバイづくりのためにおこなわれたもので、この日は入札が不調に終わることを明倫福祉会は知っていたから、そんな低い額にしたのではないか」
(中略)
 ところで、この明倫福祉会、実は浜風の家があった土地のすぐ隣で「愛しや」という特別養護老人ホームと介護老人保健施設を経営している。
 愛しやの土地は約1500坪で、こちらももともとは兵庫県の土地だった。2004年3月末に7億1394万円で明倫福祉会に任意売却されている。浜風の家がオープンしたのは99年1月なので、その5年後のことだが、ここで気になる事実がある。
 明倫福祉会にこの隣接地が売却された際、県と明倫福祉会との間で「覚書」が交わされ、そこに「のぞみ会の土地賃借契約が終了した際、県はそれを明倫福祉会に知らせ、両者間で売買する」旨が記されていたのだ。
 県は「浜風の家のあった土地は旗竿地なので、浜風の家が去った後に土地を売却するにしても売りにくいと考え、隣接地の所有者に県から声をかけたにすぎない」と説明するが、そもそもお役所が、そんな先行きのはっきりしないことで動くことなど、特別な事情がなければあり得ないだろう。
 要するに、浜風の家の隣接地を手に入れた時から、明倫福祉会は浜風の家の土地が欲しかった。そして予定通り、それを手に入れたということではないのか。
(後略)

 

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