自動車部品大手の曙ブレーキ工業(東証1部)が突然、私的整理を申請、関係者に大きな衝撃が走った。同社は独立系の老舗ブレーキメーカーとしてトヨタ自動車や米ゼネラル・モータースなど多くの自動車メーカーを取引先に持つ名門企業だが、北米事業の失敗によって私的整理の一種である「事業再生ADR」(裁判外紛争解決)を申請したのだ。事業再生ADRとは裁判所を介さずに取引銀行と返済猶予や債権放棄などを当事者間で交渉、再生計画を策定して合意を得るもの。とりあえずトヨタの出資の行方が焦点となるが、「最終的にADRは成立する公算が大きい」(取引銀行幹部)という。
ところで今回の曙ブレーキの件は、自動車業界のケイレツ構造が崩れつつあるなか、自動車メーカーと部品メーカーとの関係に“軋み”が生じ始めていることを印象づけた。今後はEV(電気自動車)や自動運転の普及による従来のサプライチェーンの大幅な縮小が避けられず、次世代車への研究開発費など巨額の資金確保のために自動車メーカーは部品メーカーへ厳しい原価削減を迫っている。そうであれば、ADRによって再建を目指す“第2の曙ブレーキ”が表面化するかもしれない。
2008年に運用が始まったADRは、法務省や経済産業省認定の「事業再生実務家協会」など第三者機関の仲介による私的整理スキームで、それなりの透明性は保たれる。ただし、その成立には全ての取引銀行の合意が原則であり、ハードルは決して低くはない。交渉が不調に終われば、法的整理への移行というリスクも抱える。これまでの活用事例は消費者金融大手のアイフルやマンションデベロッパーのコスモスイニシア(旧リクルートコスモス)、ラディアホールディングス(旧グッドウィル・グループ)などがあるが、この10年余りで70件程度にとどまっている。ところが、法的整理に移行しても優先的な債権保護規定が新たに盛り込まれるなど利便性が向上。さらに法的整理に比べてADRはスピーディーな手続きが可能で、とくに上場企業では上場を維持しつつ再建が進められ、株価への影響も限定的だ。今後は、産業構造の変化や経営環境の激変を引き金に経営危機に直面した大手企業による“事業再生ADRラッシュ”が起きる可能性もある。
ADRといえば、カーナビやオーディオ事業の不振で経営難が続く老舗音響機器メーカーのパイオニアも実は、昨年末に水面下でADRの仮申請をしている。昨年9月、支援先として投資ファンドが名乗りを上げたものの交渉は暗礁に。このままでは銀行から借入金の返済を迫られて窮地に追い込まれると判断した同社は、「対抗策としてADRを仮申請、一方で民事再生法など法的整理も想定していた」(金融関係者)という。
(後略)