記事(一部抜粋):2019年3月号掲載

政 治

安倍首相よ国を売りたもうことなかれ

特別寄稿 山本峯章

 北方領土問題は、前期と後期の二つに分けて、考えるべきだろう。
 前期が1956年の「日ソ共同宣言」から三十年余である。
 そして、後期が1991年の「日ソ共同声明」以降である。
 境界線は米ソ冷戦で、冷戦中と冷戦後では、時代精神や時代背景が劇的にちがってくる。
 前期が冷戦のさなかなら、後期は、冷戦終結後で、ゴルバチョフが登場してくる。
「日ソ共同声明」は、海部俊樹首相とゴルバチョフ大統領によって署名されたもので、このとき、平和条約と並んで、北方4島が解決されるべき領土問題として、初めて、文書の形で確認された。
 以後、細川護熙首相とエリツィン大統領の「東京宣言」(93年)、橋本龍太郎首相とエリツィン大統領の「クラスノヤルスク合意」(97年)と「川奈合意」(98年)、森喜朗首相とプーチン大統領の2001年の「イルクーツク声明」、そして、小泉純一郎首相とプーチン大統領の03年の「日露行動計画」にいたるまで、4島の帰属問題を解決して、平和条約を締結するとする「東京宣言」の精神がひきつがれてきた。
 それをひっくり返したのが、現在すすめられている安倍晋三首相とプーチン大統領による2島返還による「日ロ平和条約」のプランである。
 1956年の「日ソ共同宣言」へもどって、歯舞・色丹の引き渡しを条件に平和条約をむすび、国後・択捉を放棄するというのだが、これほど、割の合わない話もない。
 そもそも、62年も昔の冷戦時代のとりきめへ引き返して、建設的な価値をみいだせるわけはない。
 それどころか、ここで、ロシアに迎合すれば、尖閣・竹島という領土問題をかかえる日本にとって、はかりしれない負い目となる。
「日ソ共同宣言」は、米ソ冷戦時代の産物で、フルシチョフは、1960年の日米安保条約改定に際して、歯舞・色丹の引き渡しの条件に、日本領土からの外国軍隊の撤退をくわえてきた。
 これにたいして、アメリカのダレス国務長官が「日本が国後・択捉をソ連に渡したら沖縄を返さない」と重光葵外相にきびしく迫った。
 日本が、国後・択促をふくむ4島一括返還をもとめると、ソ連は、「日ソ間に領土問題は存在しない」として、以後、北方領土問題を凍結してしまう。
 日・米・ロにとって、北方領土は、地政学的要衝である以上に政治的難問だったのである。
 北方領土問題がうごきだしたのは、冷戦終結後のゴルバチョフからだった。ゴルバチョフは、ノーベル平和賞を受賞したインテリで、戦後、日本が放棄した千島列島(クリル諸島)のなかに、歯舞・色丹・国後・択捉がふくまれていないことを知っていた。
 ロシアのノーベル文学賞作家ソルジェニーツィンも、著書で「これらの島(歯舞・色丹・国後・択捉)がロシアに帰属していたことは、歴史上、いちどもなかった」と書いている。そして、「ソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄したことが日本にたいする侮辱にあたらないといえるであろうか」とヤルタ協定にもとづく対日参戦と領土略奪をきびしく批判している。
(中略)
 日本が平和条約を急ぐべき理由は一つもない。
 経済・技術協力をいうなら、必要としているのは、ロシアのほうである。
 農業国から、産業革命を経ずに軍事大国となったロシアには、商業・工業という資本主義の根幹が欠落している。GDPで、米・中・日に大きく水をあけられ、かろうじて、韓国と肩を並べるレベルなのはそのせいである。くわえて、西側から経済制裁をうけて、立ち行きならなくなっている。
 日本が、面積で4島全体の93%を占める国後・択捉を放棄してまで、ロシアに歩み寄る必要は一つもないのだ。
 安倍晋三首相は、なぜ、歴史のねじを逆に回して、1956年の「日ソ共同宣言」へ引き返そうとするのか。
 3年を切った首相の任期をふまえて「日ロ平和条約」締結と北方領土問題の解決という功を急いでいるなら、拙速というもので、ロシアが強硬な姿勢を崩さない現在は、外交交渉の最悪のタイミングといえよう。
 内閣府と元島民団体などが「北方領土の日」におこなう「北方領土返還要求全国大会」で、大会アピールから「北方4島の不法占拠」という文言が外された。
 ラブロフの恫喝に屈したもので、今後、不法占拠や北方領土ということばを使わないという。
 その負け犬根性が、消極的2島返還論となって、日本中を被っている。
 そのリードオフマンが鈴木宗男と佐藤優だが、それは後述しよう。
 マスコミ報道から書籍など日本側資料の多くが、千島列島に北方4島をくわえる誤りを犯している。
 そして、南樺太と千島列島を放棄したサンフランシスコ講和条約で、日本が北方4島を放棄したかのようにいいつのっている。
 サンフランシスコ講和条約で日本が放棄したのは、クリル・アイランド18島で、歴史上、歯舞・色丹・国後・択捉の4島がクリル・アイランドのなかにくみこまれたことはいちどもない。
(後略)

 

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