記事(一部抜粋):2019年1月号掲載

連 載

平成考現学 小後遊二

平成の失われた30年

 いざなぎ景気を超えて戦後最長の好景気が続いていると政府は言うが、誰にもそうした実感はないと思う。理由は給料、特に手取りが上がっていないからだ。これを諸外国と比較してみると、もっと愕然とする事実が浮かび上がる。平成元年の中国のGDPは九州のそれと同じで34兆円だった。それが今では日本全体の250%になっている。平成の30年間であっという間に日本を抜き去っただけでなく、2倍半にもなったのである。
 平成がスタートした1989年頃に米ソ冷戦が米国の勝利で終わり、米国の覇権“G1”は50年続くだろうと言われた。それがいつの間にか中国があらゆる分野で米国と覇権を争うようになり、米国が過度に中国に牽制とか制裁を加えるようになった。「米中冷戦時代の幕開け」という人もいる。
 日本企業の勢力衰退を物語るのは時価総額で見た世界ランキングだ。平成元年には世界のトップ10のうち8社を日本が占め、米国はIBMとエクソン・モービルの2社にすぎなかった。「21世紀は日本の世紀」と言われ、それに異論を唱える人は少なかった。ところが平成30年には世界トップ10は米国8社、中国2社で、日本一のトヨタ自動車は26位にすぎない。世界の巨大企業のリストから日本勢は姿を消してしまったのである。
 政府が景気の指数に使う株価にしても、平成元年を100とすれば平成30年は57である。米国のダウは何と9倍以上の927、英国のFTSEでさえ276である。GDPはEUや米国が2倍になっているのに日本はほぼ横ばい。好景気感がないのは給料が上がらないからだと前述したが、米国もEUも名目賃金はそれぞれ193、188と2倍近くなっているのに、日本は93とむしろ目減りしている。初任給も30年間上がっていない。こんな国は先進国では日本だけだ。
 フランスでワーキングプアが黄色いジャケットを着てデモを繰り返し、マクロン大統領は最低賃金を100ユーロ切り上げると演説した。これで最低賃金は月21万円を超えることになる。このレベルなら日本ではデモは起きない。日本の場合、技術系と事務系の給与はほとんど同じだが、海外ではIT技術者などの初任給はこの10年で3倍以上に膨れ上がっている。華為が日本で技術者を40万円で募集するといって話題になったが、深圳の現地では日本のその倍近い70万円である。インド工科大学の新卒の給料は個別に決められるが、最近では月給140万円、年俸1500万ドルという事例も出てきている。途上国は給料が安いというのは偏見で、技術者に関していえば日本が安いというのが実態なのだ。事務職でもドイツはもとより英仏よりも日本は安くなっている。平成元年にはどこの国と比べても日本の平均給与がトップだったことを考えると隔世の感がある。
 平成の30年間、日本は基本的にデフレ傾向だった。コンビニやファーストフードなどの中食・外食が安いので、給料が上がらなくても飢え死にすることはなくなった。諸外国に比べてホームレスやスラムも少ない。衰退期にある国はいろいろと社会問題が多発するが、日本は極めて平和裏に衰退し世界的舞台から消え去ろうとしている、という評価もできる。
 その第一が低失業率だ。完全雇用に近くなれば人件費は高騰するのが普通だが、日本ではその現象は起きていない。「人手不足倒産する」と悲鳴を上げる企業が多いが、「それなら給料を上げて人手を確保せよ」とはならずに、かなり泥縄式に新・入管法を成立させた。参議院選挙対策と言われているが、実際は給料を上げたくない企業の論理が働いているとの見方もできる。
 日本の中だけを見ていれば低成長に慣れて社会は比較的静かだ。しかし平成元年に飛ぶ鳥を落とす勢いだった日本が、諸外国から見れば静かに世界史の表舞台から消えていった。平成最後の新年に「失われた30年」という言い方は好まないが、あらゆる統計、分析から見て、諸外国と比較して、そう、日本だけが30年間、歩みを止めていたと認めざるを得ないのだ。

 

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