国家戦略特区制度を活用して昨年4月に開学した国際医療福祉大学医学部(千葉県成田市)。その医学部付属病院の建設が、2020年4月の開院を目指して急ピッチで進められている。
国際医療福祉大学といえば、医学部の新設が38年ぶりだったこともあり、「第二の加計学園か」と話題になった大学だ。もっとも国家戦略特区の活用は国際医療福祉大学のほうが先で、加計学園の獣医学部新設に関して内閣府から伝えられた内容を記した文部科学省の文書には《これは官邸の最高レベルが言っていること》などのほかに《成田市ほど時間はかけられない》との記述がある。
その医学部の付属病院の建設をめぐって様々な疑惑があることを本誌は前号で報じた。農地法や都市計画法、建築基準法、航空法(ヘリポート建設のための)、森林法、さらには建設業法などの法律を無視して強引に建設が進められている─。それらの法律があまりに専門的であるためか、そして、国家戦略特区が描く未来の甘い「蜜」のためか、成田市民は疑惑について何も知らされないままだ。新たに判明した事実を含め、改めてこの問題に触れておきたい。
建設用地(千葉県成田市畑ヶ田)はもともと成田国際空港建設のために農地の代替地として用意された土地で、長年、反対闘争のあった三里塚は隣の町だ。
疑惑が持ち上がる発端となったのは千葉市在住の大和田康夫氏の研究調査だ。45年にわたって土木や開発の設計、区画整理などの都市・地方計画に携わってきた大和田氏は、一般に閲覧の許される「開発登記簿」や「土地利用計画図」を見て直感的におかしいと感じたという。設計上のごく基本的なことが行われていなかったからだ。詳細に調べていくうちに、数々の「違法行為」が明らかになってきた。
なかでも大和田氏が筆頭に挙げるのは、農地転用をめぐる農地法違反の疑惑だ。付属病院建設のための16haの開発地区のうち、6.5haが農地であるにもかかわらず、農地転用の許可を得ないまま工事が進められていることだ。
(中略)
実はこの「農地法違反」に、成田市が確信犯的に手を染めていたのではいかと思われる事実が今回新たに判明した。
それは14年12月17日付で成田市が提出した「東京圏国家戦略特別区域会議『成田市分科会』~成田市提出資料~」という文書に書かれていた。
(中略)
それでも工事はいまも止むことなく進んでいる。16年3月の国会予算委員会で国際医療福祉大学の医学部新設について質問に立った現国民民主党の櫻井充氏参議院議員が言う。
「工事がなし崩し的に進んでいることは問題です。そもそも医学部新設の話からしておかしかった。国家戦略特区の理念通りなら悪くはないが、全然、そうなっていない。海外から患者を呼ぶというメディアカル・ツーリズム向けの医師を育てると言いながら、その概念はいいとしても、実際には(国内向けの)一般医師が140人、医学部新設の方向性に対応しているのは20人です。ルールを無視してまで建設を急ぐのは、もともと特区とは関係なしに医学部を作りたかった国際医療福祉大学は教授陣を抱えていて、それだけで人件費が嵩むからでしょう。さっさとつくりたいわけですよ。加計学園の場合と同じです。実態のない機構を通していろんなことをやっているのも大変な問題です。一種の架空請求みたいなもですから」
実は、櫻井議員が予算委員会で最初の質問をした後、当時の民主党や自民党の議員から電話がかかってきたという。国際医療福祉大学が医学部設置の認可申請をする直前のことだ。
(中略)
これと同じような体験をしたのが、成田市のさる会社経営者だ。
「この件については口を出すなよ、といわれました。13年の2月頃だったと記憶しています」
口を出すなと言ってきたのは、12年12月に自民党国会対策委員長に就任したばかりの鴨下一郎衆院議員だという。以前から面識があり、委員長就任のお祝いを兼ねて訪ねた時にそう言われたという。
この会社経営者は、小泉一成・成田市長が公約に医学部の誘致あるいは新設を掲げていたことから、勉強会を兼ねて、医療コンサルタントを交えた会合を重ねていた。13年1月の3回目の会合には関根賢次副市長も出席。その際、関根副市長は唐突に、それまで話題にもならなかった大学の名前を口にしたという。
「国際医療福祉大学はダメですか」
一瞬、場に沈黙が走り、関根副市長もそのまま黙ってしまったという。その場では、医療コンサルタントがそれまでの国際医療福祉大学の病院買収などのやり方に否定的な見解を示し、他のメンバーもすでに医学部のある大学を誘致することを考えていたため、否定的な考えを示したという。
なぜ、関根副市長の口から国際医療福祉大学の名前が出たのか。会社経営者は思い当たる節もあって鴨下議員を訪ねたわけだ。そして国際医療福祉大学の高木邦格理事長の名前を出したところ、鴨下議員は「毎週のようにゴルフをやっているよ」とさも親しそうに話したという。ところが、「成田に医学部を新設する件で何か聞いてますか?」と質問した途端、顔色を変え、先の「口を出すなよ」という言葉になったという。
(後略)