西日本を中心に史上最悪の豪雨被害が始まり、政府の気象庁が最大級の警戒を呼びかけた7月5日、安倍首相は、国会会期中にもかかわらず、自民党総裁三選に向けた地方票掘り起こしのために、埼玉県内を行脚し、さらに群馬県議らと会食したりしていた。その夜、首相は、赤坂の議員宿舎で開催された自民党議員たちの宴会を楽しんで帰宅した。何か暢気過ぎる。
その後、被害が拡大し、世論の批判が高まりかけたので、ようやく7日になって関係閣僚会議を開き、8日に非常災害対策本部を立ち上げた。
かつて「戦争法」論議が盛んであった2014年〜2015年当時、首相は何回も「国民の生命と財産を守ることが政治の責任だ」と力んでいた。これは、中国の覇権主義と北朝鮮のミサイルの脅威が話題になった時にも繰り返された。それはそれで正論である。
自民党が2012年に党議決定して公にした憲法改正草案は、「第9章 緊急事態」を新設している。その要旨は次のようなものである。
98条1項 戦争、大規模自然災害に際して特に必要と認める時は、首相は緊急事態の宣言を発することができる。
99条1項 緊急事態の宣言が発せられた時は、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、首相は(国会の承認なしに)財政上必要な支出を行うことができる。また、首相は地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
同条3項 緊急事態の宣言が発せられた時は、何人も、公の機関の指示に従わなければならない。
これは要するに、戦争か大災害の際には首相は「緊急事態」を宣言できる。そして、その宣言が発せられたら、首相は、(既に掌握している行政権に加えて、)(国会から)立法権と財政権を奪い、(従って、法律を執行する司法権も従え、)地方自治体に対する命令権まで有することになる。そして、一般国民は公の命令に従う義務を負う。これではまるで、人権のない首相独裁体制である。
このような体制の必要性を主張する自民党の論拠は次のようなものである。つまり、緊急時には刻々と国民の生命と財産が奪われて行く。だから、それを阻止して国民の生命と財産を守る政治の責任を果たすために、一時的な権力の集中が必要かつ有効である……と。
ならば、憲法改正を経た「緊急事態条項」は存在しない現状でも、災害対策基本法等の法律は整備されており、東日本大震災、熊本・大分大地震等の体験もあるのだから、首相が官邸から強力な指示を飛ばすことはできたはずである。ましてや、人事権を駆使して立法、行政、司法にまで支配権を及ぼしているように見える「安倍一強」体制下で首相の望む緊急事態対応は今でもやろうと思えばできるはずであった。
にもかかわらず、実際にはそうならなかった以上、首相の「国民の生命、財産を守ることが政治の使命」という言葉は実は本心ではなかったことになる。
ここで、私はある事実を思い出した。3.11大震災の直後にある自民党幹部が私の携帯に架電して嬉し気な声で言った。
「先生、『お試し』改憲の良いテーマが見つかりました。緊急事態条項です。今なら国民の賛成が得られます」
一体、こいつらは何者なんだ?! 今度こそ主権者は怒るべきだ。