社会・文化
積水ハウス「クーデター」が隠蔽した闇
地面師事件の舞台になった土地取引は“阿部マター”だった
ワンマン社長が率いる上場企業の取締役会クーデターで最も人々の記憶に残る解任劇はどれだろうか。50代半ばを過ぎている人ならば、1982年に起きた三越の岡田茂社長解任を思い出すかもしれない。取締役会で解任動議が提案されて可決となった際、岡田社長が思わず漏らした「なぜだ」という言葉は流行語にもなった。
以来、何人ものワンマン会長や社長が緊急動議によってその座を追われてきた。21世紀に入ってからも、川崎重工やセイコー・ホールディングス、昨年はユニバーサルエンターテインメント……。いずれも独善や老害に倦んだ取締役たちの下克上のドラマという一面を持っているが、実は、今年1月24日、積水ハウスで起きた和田勇会長(76)の辞任劇も、当初は、そんな動機によるクーデターの結果だと見られていた。和田氏が20年もの長きにわたって君臨してきたことは事実だからだ。しかし、事態の推移が明らかになるにつれ、どうも様子が異なることがわかってきた。ありきたりのワンマン放逐劇ではなく、会社の恥部を隠蔽するため、一番邪魔なうるさ型を葬ったという構図ではなかったかと疑われ始めたのだ。その裏にあるのは、地面師に騙され55億円を持ち逃げされた例の不祥事である。
「そもそも、積水ハウス側の説明が二転三転しているところに問題があります」と解説するのは、新聞社の社会部デスクだ。
「人事に関して積水ハウスは最初、和田会長が相談役に、阿部俊則社長が会長に繰り上がるのは、若返りを図るためだと説明していました。人事発表の記者会見の席上、新社長への打診は半年前とか、和田路線を踏襲していくという発言まであったのです。つまり、会長辞任は社内で調整されていた予定通りの円満人事だと強調していたわけです。ところが、1カ月が経過した2月末、その取締役会で緊急動議の応酬があったことを日本経済新聞が報じ、すっかり話が変わってしまいました」
1月24日の取締役会で何が起きたのか。整理するとこうなる。
まず、昨年起きた地面師事件に関して、社外役員で構成される「調査対策委員会」の報告書が提出された。この報告書は、和田会長に関しても一般的な「責任がある」と記したものの、阿部社長については「重大なリスクを認識できず重い責任がある」とより強い表現で踏み込んでいた。
これに目を通した和田会長が、阿部社長の解職の動議を提案。阿部社長が退席して残り10人で採決したところ、5対5で拮抗し否決となった。そして取締役会に戻った阿部社長の逆襲が始まる。阿部社長は、和田会長の解職を審議するために、まず議長を和田会長から当時の副社長に交代させる動議を提案し、これが6対5で可決。
そのうえで阿部社長が、「新しいガバナンス体制を構築する」という名目のもと、和田会長解職の動議を提案したのだ。この動議の採決にまで進めば、和田会長は退席する形になるが、各役員の意見表明のなかで、過半数の役員が賛成する見込みが明らかになる。議長役の副社長から、何度も繰り返し「辞任されてはどうですか」と促され、和田会長はしぶしぶ辞任して相談役に棚上げされることを了承したという流れである。
形式的には解任の採決はなかったものの、事実上の解任劇であることは誰の目にも明らかだ。しかし、積水ハウスは解任報道について「重大な事実誤認を含んでいる」と開き直ったように強弁を続けたため、上場企業の情報公開の公平さという観点から疑問の声が上がっているのだ。
「おそらく阿部さんは何カ月も前から、和田さんを解任するための準備や根回しをしてきたのでしょう。では何のために和田さんを外そうとしたのか。それは阿部さんが、地面師事件の責任を取りたくなかったとかいう単純な話ではなく、事件の真相を暴かれることを恐れたからではないかと、社内では囁かれているのです」
そう説明するのは、積水ハウスの関係者だ。
「確かに和田さんは、長きに渡ってトップであり続けたし、引退してもおかしくない年齢です。でもこのところ彼が活躍していた舞台は主に海外で、その結果、幸いにも地面師事件にはまったく関与していない。一方、阿部さんはあの事案にどっぷりで、関与の度合いは極大。なにせ“阿部マター”と呼ばれていたくらいですからね」
ここで、積水ハウスの屋台骨を揺るがす地面師事件について少し説明しておこう。舞台となったのは五反田駅から桜田通りを南西に3分ほど歩き、目黒川を渡ったところにある「海喜館」という旅館の跡地、約600坪の一等地だ。
ある仲介業者を介し、所有者である元女将の老女からこの土地を購入することになった積水は、昨年4月24日に売買契約を結び、手付金として異例の大金となる14億円を支払っている。しかし、ご存知の通り、所有者を騙る老女は真っ赤な偽物だった。
「実は、この売買契約の6日前に阿部社長が自ら現地を視察しました。そしてこの視察の日に稟議書が起案されたため、社内では有名な社長案件となったのです」
前出の積水ハウス関係者がため息をつきながら続ける。
「仮登記は4月末に済みましたが、ゴールデンウィークが明けた頃から、あの売買は無効だという奇妙な内容証明が3〜4通も届くようになりました。今から考えると、あれは地面師同士の仲間割れが始まっていたのでしょうけど、不思議なことに会社はそれでも契約を強行したのです。しかも、本来は7月末に予定されていた残金49億円の支払い期日を2カ月前倒しして6月1日に払ってしまった。こんなふうに何から何まで異例ずくめの取引になったのは、ノドから手が出るほど欲しい土地だったこともありますが、阿部さんの意向が強く働いた結果です」
(後略)