「車をつくる会社から、新たな移動サービスを提供する会社へ変貌する」──。こう力説するトヨタ自動車の豊田章男社長の胸中をよぎるのは決してバラ色の未来ではなく、変貌しなければ生き残っていけないというかつてない危機感と焦りである。
発端は、「自動運転」技術の予想を上回る進展と環境規制強化を大義名分とした中国や欧州主導の唐突な「EV(電気自動車)振興策」である。もちろん、すぐさまEV一色へ移行するわけではない。高性能電池の開発などEVの課題は多く、当面はガソリン車やFCV(燃料電池車)などと棲み分けられ、自動運転の本格導入にもそれなりの時間がかかる。とはいえ、もはや世界的なEV化、電動化の流れは変わりそうもなく、とくに巨大市場を抱える中国が国家戦略としてEV普及を位置付けているのはいかにも不気味だ。
自動運転の普及やカーシェアの定着によってモビリティー(移動手段)サービスが主流となり、EVへの新規参入ラッシュと相まって世界の自動車業界の勢力図が大きく塗り替わることは間違いない。従来の自動車産業は土台から覆され、新興企業や異業種企業が既存の枠組みを壊して、あらゆる提携を繰り返しながら新たな秩序が形成されることになる。つまり、ガソリン車だけでは主要市場でまともに商売ができなくなり、自動車の製造・販売だけでは売上規模の激減は避けられないということだ。まさに「100年に1度の大変革」である。
わが国の自動車産業は年間出荷額約53兆円、間接分野も含めると経済効果は100兆円を優に超える日本経済を支える屋台骨である。今後はこれまでの「垂直統合型」から車の製造とモビリティーサービスが共存する「水平分業型」へ移行することで、日本メーカーが誇る巨大なピラミッド構造や“ケイレツ”が崩壊、その衝撃は日本経済にとって計り知れない破壊力を持つ。
エンジンやマフラーのないEVでは格段に生産技術のハードルが下がる。部品点数はガソリン車の半分以下、駆動・伝達や操縦部品は半数近く、電装品・電子部品に至っては大半が不要となり、否応なしに膨大な数の下請け部品メーカーは仕事を失うことになる。事故が激減する自動運転やカーシェアの普及も販売台数の減少に追い打ちをかける。それでなくても人口減少や若年層の“クルマ離れ”が加速、国内の自動車市場は縮小しているだけに、このままでは日本の自動車産業は衰退の一途を辿りかねない。
自動運転やコンシェルジュ機能、ライドシェア(相乗り)などのサービス提供が主役になる次世代の自動車ビジネスでは、米グーグルや米アップル、米エヌビディア、米ウーバーテクノロジーズ、さらに中国バイドゥ、中国テンセントなど大手IT、AI企業の存在感が急速に高まっていく。わが国が大きく後れをとっているこの分野の優劣が生き残りのカギを握るわけだ。とにかく、ITやAI技術の進化と関連企業の経営スピードは既成の産業と比べると桁違いに速い。その彼らと同じ土俵で戦うことになるのだ。
(後略)