BBT大学の大前研一学長は1980年代から「世界連結経済」を提唱している。彼が87年10月11日にニュヨーク・タイムス紙に寄稿した「東京のバブルが崩壊すればNYの株式市場が暴落する」という記事が10月19日のブラックマンデーの引き金になったと言われている。
金融経済が実体経済から乖離する理由は二つある。
一つは古い経済学に基づいて景気を刺激しようと金利を下げたり通貨供給を増やしたりするからだ。しかし、先進国の国民生活は基本的に充足しているので人々はマクロ経済の動き(金利やマネタリーベース)に反応しにくくなっている。製造業もJIT方式などで需要が上向くことが分かってから注文するので、金利が低いからといって在庫を積み増すようなことは少なくなった。政治家は国民が景気刺激策を求めていると勘違いし、選挙対策として大規模なQE(金融緩和)をおこなうが、ばらまかれた資金が実需に向かうことはほとんどない。土地や株式、あるいは資金が不足して金利の高い途上国へ向かう。アベクロ・バズーカと呼ばれる経済政策は低欲望の日本社会にあっては時代錯誤かつ実態把握不足も甚だしく、効果が見られないのは当然だ。
高欲望社会といわれたアメリカでもQEが長く続いたためにマクロ政策が実需に直結しなくなっている。トランプも20世紀の古い経済政策で、減税したうえに予算を過剰に積み増しているので不動産や株に余剰資金が回り実体経済との乖離が大きくなっている。
日本では実需がないので日銀が国債を腹一杯食っているし、GPIFなどの年金ファンドは株を大量に食っている。日銀もETFなどを買い付けるようになって国を挙げてPKO(価格維持活動)を推進中だ。当然、通貨供給量と実体経済の乖離はアメリカと同じように大きくなっている。
二つ目の理由は、途上国も含めた供給能力の過剰と先進国の圧倒的な需要不足だ。先進国では少子高齢化が例外なく進んでいるので、将来需要を作り出す「人口ボーナス」が逆転して「人口オーナス」状態になっている。おまけに21世紀型のサイバー経済がシェアリングやアイドル(空き)の利用を加速している。個人も企業も「所有から利用へ」と進んでいけば需要が減るのは当たり前だ。クローゼットや倉庫の中まで換金してしまうメルカリやエアークローゼットのような会社が先進国では当たり前になっている。軒先、akippa、TKP、ファーストキャビン、エアB&B、ウーバーなど「空き」を利用した事業も次々に生まれている。スマホ経済は従来難しかった「空き」の発見と利用を手軽に結びつけているし、成長期には見栄もあってクルマや家などの所有が「生き甲斐」だったが、今は、特に若い人は他人の使った古着でも少し加工して平気で着るようになっている。新聞や本もネットで読んでしまえば購入の必要性は乏しい。需要不足は不景気だからではなく、21世紀経済の構造的問題なのである。
ところが、政治家やマクロエコノミストはそうした事実を知らない。政治家が需要喚起を願って資金を市場に投入しても実需に結びつかないとなれば、投機先としては不動産や株しかない。しかし、不動産は収益還元価格で価格が計算できるし、株ももちろん企業が未来永劫続いた場合の現在価値が時価総額、と定義がハッキリしている。米中を席巻しているサイバー企業の価値は想定が難しいので高騰することはあるだろうが、20世紀型の従来企業の将来価値はおしなべて低い。つまり金融経済と実体経済の間に大きな隙間ができている。これはまさに大前が指摘した「ブラックマンデー直前の状況」である。
(後略)