記事(一部抜粋):2018年1月号掲載

連 載

「自衛隊」を憲法に書き込むだけ、という嘘

【コバセツの視点】小林節

 昨年の5月3日(憲法記念日)に、安倍首相が唐突に、憲法9条はそのままでそれに新項を加えて自衛隊の存在を明記するだけの改憲を提案した。
 その理由は、自衛隊は現実に日本の独立を支えており、世論の大勢も自衛隊の存在を認知している。にもかかわらず憲法学者の過半数が自衛隊を違憲だと主張しているような状況を改善するために、憲法の中に「自衛隊」という文言を明記してしまえばその合憲性が確立する……ということのようである。
 しかし、その提案は、明らかにトリックである。
「現行9条の1項・2項はそのまま」と言うが、それは嘘である。
 法律学の常識であるが、国家(日本国)というひとつの法人格の意思として、かつて9条の1項と2項を制定し、後に3項を加えた場合、「新法は旧法を改廃する」という法格言にあるように、新9条は、1項・2項(旧法)ではなく、3項(新法)を基準に解釈すべきものになる。
 個人の意思で例示すれば、これまでこれを「あげるつもりはなかった」(古い意思)が、気が変わったので「あげる」(新しい意思)と言えば、「あげる」ことこそが今のその人の唯一の意思である。
 だから、首相の「9条の1項・2項は変えずに」という主張は嘘で、本当は、「9条に3項を加えることにより1項・2項の意味も自動的に変えたい」と言っているようなものである。
 例えば、新3項で、「わが国の独立を守り国際社会の平和に貢献するために自衛隊を保持する」と明記したとしてみよう。結論として、これでわが国は、「自衛隊」という名の国軍を保持する普通の軍事大国になってしまう。これでは、「ユニークな」9条を掲げて来たこれまでの日本とは明らかに違う国になってしまう。
 4年前の閣議決定で、「限定的に」と言いながら事実上無制限に海外派兵を可能にするまで、政府・自民党の9条に関する公式見解は次のようなものであった。
 まず、1項は、「国際紛争を解決する手段としての戦争」(つまり、国際法上の慣用表現としての「侵略戦争」)を放棄した。だから自衛は放棄していない。しかし、2項で、「陸海空軍その他の戦力(つまり、何と呼ぼうが「軍隊」の類)の不保持と「交戦権」の不行使を宣言し、要するに、国際法上の戦争に参加するために不可欠な道具と法的資格を自らに禁止し、従って、海外に戦争に行けない国(「海外派兵の禁止」)になっている。
 とはいえ、当時、冷戦が進行しており、「他国侵略」を国策としていたソ連が日本国内に侵入して来た場合に備える必要があった。そしてそれは、行政権の一環としての警察権(危険除去の機能)で対応できる。その実施機関が警察予備隊(自衛隊)である。しかし警察には海外で職務を執行する権限がないので、当然に「専守防衛」が国是になった。
 にもかかわらず、その9条に、新たに、わが国の自衛と海外派兵を予定する自衛隊を保持する旨の条項を加えたら、それは、「自衛隊」という名の「軍隊の類」を保持して「海外派兵」もすることを国是として新たに宣言するに等しい。
 こうして、「一字も削られない」1項・2項が、新たに3項を加えることで、瞬時に完全に死に法になる訳である。
 要注意であろう。

 

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