12世紀前半に建設されたカンボジアのヒンドゥー教寺院「アンコール・ワット遺跡群」がユネスコの世界遺産に登録されたのは1992年のことだから、2017年はちょうど四半世紀が経過した節目の年だった。いまや世界中から年間200万人以上が足を運ぶ観光スポットとなった荘厳な遺跡は、一方で、ポル・ポト率いるクメール・ルージュによる占領や仏像の破壊、地雷の埋設など、薄暗い負の歴史も背負っている。それでも、日本人が行きたい海外観光スポットのランキングでは、毎年のように上位に名を連ね、1位を取ることも珍しくないという。
この季節、つまり12月と1月がベストシーズンとされる彼の地を日本人が訪れるには、まずカンボジア王国に入国するための観光ビザが必要となる。しかし、ビザ発給業務の一翼を担う「在名古屋カンボジア王国名誉領事館」が17年のほぼ1年を通じて観光ビザ発給を停止していた理由を知る人は多くない。実は、「アンコール・ワット」に勝るとも劣らない負の歴史が横たわっているのだ。
カンボジアを何度も旅行した名古屋在住の主婦が言う。
「16年までは普通に観光ビザを取れていたんですが、17年の春以降、取れなくなりました。問い合わせたら、ビザの公式用紙のストックが不足し、本国から取り寄せている最中という説明です。結局、旅行に間に合わないので、東京の大使館で発給してもらいました」
確かに「在名古屋カンボジア王国名誉領事館」の公式ホームページを確認すると、17年2月17日付の「観光査証発給の一時停止のお知らせ」が今も掲載されている(左の写真)。すなわち名誉領事館は10カ月にわたって、本国から査証用紙が届いていないことになる。
一国の公務を司る領事館にしては、ずいぶん奇妙な状態にあるのだが、そのカラクリを説明するのは、名誉領事ご当人より請願されて、顧問契約を結んでいる人物、かつて伝説の総会屋と呼ばれた小池隆一氏である。
「カンボジア人ではない日本人の領事という意味で名誉領事と呼ぶのですが、ハッキリ言ってしまえばね、その名誉領事、高田誠喜さんの資金がきつくなって、カンボジアの外務省に納めなくてはならないビザ発給手数料の支払いが滞ってしまった。それで本国から用紙を貰えなくなっているのです。ビザ発給の手数料はカンボジアの外務省に送金しなければならないカネですから、本来ならば、名誉領事館の通常の会計とは別にして、金庫にしまうなり、専用の口座に入金するなりして、きちっと管理していなければならない。ところが、高田さんは慢性的に資金不足で、もう消えてしまっているわけです。むろん、カンボジア本国は怒りますね。公金横領ということですから。でも、名誉領事の場合、領事館運営の経費など、一切、カンボジア本国は出してくれない。名誉を頂く者が負担すべきという考え方なのです。例えば本国から政府高官が大挙して訪日した折、ホテル代や飲食代を全て、何百万円も高田領事が負担しなければならない時もあったそうです」
小池氏が知人より紹介される形で高田氏と知り合ったのは07年頃だという。
「高田さんは名誉領事になって2年が経過していました。しかし、この時点ですでに運転資金に困っており、何とか月末までに2000万円融資してくれる人を紹介してもらえないと、ビザ発給手数料を本国に納められないというピンチだったのです。この時は何とか融資する人を探し出し、私も700万円ほど金を貸して乗り切れた。でもこの後も、高田領事は自転車操業もいいところでした。例えば、あちこちの財界のパーティーに顔を出して、カンボジアでの新規事業や投資話を喋りまくる。興味を持った資産家からロビー活動の名目で前金を貰ったり、お金を借りたりを繰り返していたわけです。全体でいくらの借金が積み上がっているかはわからないけど、被害者は沢山いるはずです」
公金横領に加え、詐欺師と詰られて然るべき話である。なぜ数多くの被害者が10年も泣き寝入りしているのか不思議だが、実は、警察が簡単に腰を上げない仕掛けがあるのだそうだ。
(後略)