記事(一部抜粋):2017年12月号掲載

連 載

政府は働き方改革で何をやりたいのか

【平成考現学】小後遊二

 残業の上限を月60時間にすると残業代が8兆円減り、消費がGDP換算で1.6%へこむという試算がある。一方、安倍内閣の給料を増やせという要求に呼応して正規社員の所得は昨年比1.3%増えた(それ以外の雇用形態の人は0.3%しか増えてない)。つまり残業代カットのマイナス分を埋めるに至っていない。人手不足と言われるが、その多くは飲食店や工事関係で、百貨店や銀行をはじめホワイトカラーの一般職では今後、IT化やロボット化によって大量に人が余ると予想されている。
 政府は「日本人の生産性向上が必須だ」と宣言している。日本の労働生産性はOECDで最下位だ。しかし、なぜそうなったかを理解していないと対策は出てこない。
 日本企業は85年のプラザ合意を境に急激な円高に見舞われ、日米貿易戦争でアメリカに無理難題を吹っかけられた。これに対してより高価格で売れる商品を開発すると同時に、製造コストを下げるためにブルーカラーの生産性を改善し、さらには生産基地を東南アジアやアメリカに移していった。一方でホワイトカラーの生産性改善は後回しにされた。先進国ではホワイトカラーの間接業務がIT化され、さらにはアウトソース(BPO)されたが、日本では間接業務が属人化して霜降り肉のようになっているため作業標準(SOP)ができておらずIT化やロボット化が進まなかった。政府の言う生産性改革はこの部分が対象になるが、それはホワイトカラーが大量に失業することに直結する。しかも、中年のホワイトカラーは新しいスキルを習熟するのが苦手ときている。
 スウェーデンやドイツは雇用の膠着性を打破するため、不要となったホワイトカラーを退職させる「雇用の柔軟性」をシュレーダーのアジェンダ2010などを機に導入し、国を挙げて労働者を再教育する機関をつくっている。しかし、日本政府は解雇の難しい正社員を増やしパートや派遣を減らす、つまりよその先進国と反対の方向へ、今になって舵を切っている。それで生産性改革を進めろと、手足を縛って減量を迫るような矛盾した政策を平気で進めている。英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授によると現在ホワイトカラーのやっている職のうち50%以上が5~10年後にはAIやロボットに奪われるという。つまり正社員を大量に抱えた企業は、仕事をしない半数以上の社員にも給料を払わなくてはいけない、という状況がまもなくやってくる。
 21世紀は少数の「尖った人材」が起業し、経済を牽引していく。アメリカは世界中からそのような起業家を引っ張り込む魅力をもっている。中国は少数の起業家が商取引や金融決済の実態を変革してAIやサイバー経済で世界の最先端に躍り出た。共産主義国に世界有数の富豪が続々と生まれている。日本の経営者は政府に面従腹背し、雇用の柔軟な海外にそっと逃げ出している。日本に残された間接人材はますます使い道がないが、政府に対する忠誠心の証として、仕事をしなくても定年まで置いておくしかないと諦めている。三越伊勢丹のように48歳を過ぎた正社員の退職を促すために退職金に加えて5000万円を払う、とまともな施策を発表してもネット上では怨念に近い大ブーイングである。そうなのだ。この国ではいらなくなった人材を外に出すのは会社の経営よりも難しい。
 そうした背景も知らずに政府は、生産性改善と正社員化、残業上限の設置、返還不要の奨学金制度といった政策を正気でやっているところがすごい。安倍首相や麻生副総理はいずれも「家業」として政治家をやっている。雇用に関しては日本が製造業で活躍していた40年くらい前(プラザ合意以前)であるかのような発言を繰り返している。それで選挙に圧勝し、膠着した雇用制度をつくり、教育予算を潤沢にして旧態依然とした大学に遊び呆ける若者を大量に送り込む。これこそが「国難」である。

 

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