記事(一部抜粋):2017年5月号掲載

政 治

【田中康夫の新ニッポン論】

危機管理

 大韓民国には米国籍の非戦闘員が約12万人在住。その人々を対象に年2回、NEO=Noncombatant Evacuation Operationsと呼ばれる「非戦闘員疎開作戦」を米国政府は定例的に実施しています。昨秋も数日間に亘り、ソウル南方のキャンプ・ハンフリーから沖縄の米軍基地にC130輸送機や大型ヘリで移送しました。
 単位NEOを組織化して管理者を置き、各家族が書き込んだ書類で情報を把握し、搭乗優先順位や出国手続きを定めた計画を実地演習。犬猫も一緒に脱出させるきめ細かさです。化学兵器攻撃に備えて防毒マスクを着用し、防空壕に避難する内容も含まれます。
 それは朝鮮半島に限りません。国務省が主導するNEOを支援すべく国防総省統合参謀本部議長の下で纏められたマニュアルには、陸軍・空軍・海軍・海兵隊・沿岸警備隊の紋章が刻印されています。1975年サイゴン陥落時の教訓を基に構築され、爾来40年有余、レバノン、ソマリア、アルバニア、ジャマイカ、リビア等の各地で実行。福島第一原子力発電所が炉心溶融した「3.11」もNEOの対象でした。米軍の家族が関東圏から迅速果敢に疎開したのは「都市伝説」でなく、史実なのです。
 内乱・戦争・災害に伴うNEO実行中にホワイトハウスと緊密に連携するのは駐箚大使。艦長や機長と同じく、作戦完了まで現場に留まる責務を有します。翻って日本のメディアは「朝鮮半島には6万人近い日本人がいる。その安全確保、いざという時には帰国をしっかりと考えて」と外務大臣がぶら下がりで、官房長官が会見で「如何なる事態にも対応出来る万全な態勢を取っている」と発言と報じています。
 その評論家然とした認識に対し、「安全確保」「いざという時の帰国」はどうやるの? 「万全な態勢」の具体的な根拠は? と質して報じた記者は皆無だったのかと、ジャーナリストの畏友・坂本衛氏はFacebookで慨歎しました。「指導者の発言がそのまま流れてフェイク・ニュースになるかならないかは、最初に発言を聞くあんたたち次第なんですよ」と。
 なのに政府は、47都道府県の危機管理担当者に、北朝鮮の弾道ミサイル着弾を想定した住民避難訓練の実施を要請。「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守」り、「窓のない部屋へ移動」。「頑丈な建物や地下街に避難」の精神統一論を披瀝する一方、「発射の兆候を事前に把握するのは困難」と“予防線”も張りました。『実は今回も日本周辺を航行する船舶へは13分後、飛行機へは29分後の情報伝達でした。スカッドERは約3分間で上空1200kmへ。射程1500kmの飛行時間が約6分。菅義偉官房長官は3月13日、「発射から10分以内に日本に到達する。事前通告もなく、その範囲内で国民に情報提供するのは不可能に近い」と正直に“告解”』。前号の拙稿も再録します。
 であればこそ、備えあれば患なし。中国最古の経典『書経』の警句を引用する迄もなく、「常に100%、偉大な同盟国ニッポンと共にある」と巧言する“宗主国”の大統領に頭を垂れて、「危機管理」の極意の伝授こそを求めるべき。
 他方で4月14日に中国の王毅外相は、「(米朝双方は)刀を抜いて弓を引いたまま、真っ向から対立している。後戻りできなくなる前に挑発や脅迫をやめるべきだ」と発言。「戦争が最大の公共事業」と嘯く米国と、政府軍・反体制武装勢力・ISILが群雄割拠するシリアと異なり核兵器と弾道ミサイルを保有し、多連装ロケット砲を始めとする約1万門の火砲を38度線に配備済みの独裁国が、戦争を回避すべく秘密裡に会談する仲介役は、悔しい哉、日本でなく、中国なのです。

 

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