記事(一部抜粋):2017年5月号掲載

政 治

軍隊の「文民統制」の意味と意義

【コバセツの視点】小林節

 あらゆる行政機関の中で「軍隊」は異質な存在である。それは、自国の独立を守る役割を分担している組織なので、他国軍と交戦できる程の強大な武力を独占している。だから、歴史的にはつい最近まで、各国は軍隊が支持する勢力が国家権力を握っていた。
 しかし、民主主義が確立した国家では、政治は、主権者国民が平和裏に行う討論と投票と議決に従って行われることになった。
 そこでは、主権者国民の支持を得た文民(つまり政治家)が軍隊を統率することになり、それが文民統制の原則である。
 その原則の下で、軍隊は、組織としての政治的見解を持ったり表明したりすることは許されず、文民たる政治家の指揮命令に従って国防の任務を遂行する存在である。
 従って、日本国憲法の下で、わが国でも、軍事力(自衛隊)は、国会が定めた法律と予算に従い、首相(と防衛相)の指揮命令に服す制度になっている。
 防衛相は、内閣内の担務である自衛隊の管理者として、常時、自衛隊の活動の実態を掌握し、内閣や国会における政治判断に供せるようにしていなければならない。
 ところが、戦後初めての海外派兵にも等しい南スーダンのPKOで自衛隊がどのような状況下に置かれているかにつき、稲田防衛相には自衛隊から正確な情報が上げられていなかったことが明らかになった。これが文民統制の破綻であることは明白である。
 南スーダンの状況は、歴史的に極めて重要な政策判断の材料であり、それを現地の部隊が記録に留めていないはずはない。防衛相には、主権者国民を代表して、その報告を求める権限と義務がある。にもかかわらず、速やかにその情報が防衛相に上がっていなかったということは、制度の不備というよりも誤用以外の何ものでもない。
 防衛相に対して現地の情報がなぜ秘匿されたのか? 民間人が情報公開請求した際には「不存在」だとされた報告書が、与党議員が請求したら出て来たのはなぜか?それらの原因と責任の所在が明らかにされなければ、民主的な憲法体制自体が危ない。
 このような重大かつ本質的な問題であるにもかかわらず、当の稲田防衛相は省内の特別監察を実施する……などと暢気に構えている。
 つまり、制度として、軍事力(自衛隊)に対する民主的統制(文民統制)は、民主国家の不可欠な大前提のひとつであり、それが破られたら憲法が機能していないことと同じである。
 しかも、文民統制の制度・法手続は既に完備しているにもかかわらずそれが今回は機能しなかった……ということは、稲田防衛相という人物が部下たちから信用されていなかった……という事実以外の何ものでもない。
 どんな立派な制度も、本来的に不完全な人間が運用する以上、誤用はあり得る。それは人的能力の欠如(不適格)の場合である。
 文民統制には一瞬たりとも隙があってはならない。それは、その瞬間に軍隊が一人歩きすることで、大日本帝国における統帥権の独立という重大な欠陥と同じだからである。
 だから、既に部下の「軍人」たちから侮られてしまった稲田防衛相は司令官「失格」であり、「これからしっかりやります」などと言って済む状況ではない。
 常に「国民の安全と生命を守る」と語る安倍首相には任命責任があろう。

 

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