記事(一部抜粋):2017年4月号掲載

政 治

森友学園めぐる「忖度問題」で問われるべきは「官僚裁量」

【霞が関コンフィデンシャル】

(前略)
 森友学園に売却するにしても、はじめから入札にしておけば何の問題はなかった。入札なら価格の妥当性についても問題はないし、価格公表も入札時に終わる。随意契約からスタートしているから、次々と問題が出てくるわけだ。
 財務省はその随意契約にいて法令、具体的には「予算決算及び会計令」にしたがっているから問題ないとしている。
 この「予算決算及び会計令」は、名前が長いので、「予決令」と会計関係者の間ではいわれている。これは国会でつくった法律ではなく、官僚がつくった命令、政令である。そこには随意契約によることができる場合として、25の例外が列挙されている。
 予決令はある意味、上位法令である「会計法」よりも権威がある。しかし予決令の拡張を認めると、競争入札の原則そのものが危うくなってしまう。
 財務省は、自分たちがつくった法令で適切に処理していると、立法府の国会で正々堂々と答弁しているわけだが、それについて、野党から「そこまで官僚に裁量は与えていない。法律の範囲で事務をすべきだ」という議論が出てこないことが、むしろ理解できない。予決令で決めている例外については、合理的であれば会計法に取り込んでもいい。
 あくまで、財務省は自分たちが決めたことは正しいというスタンスだ。この際、「政令」により広範な権限を持ってしまった財務省を、国会でしっかりチェックしたらいい。
 トランプ政権も、日本の政令に相当する大統領令でいろいろなことをやろうするが、その都度、裁判所からチェックが入る。三権分立の見本だ。財務省をチェックするために、とりあえず国会が国権の最高機関としての役割を果たすべきだろう。
(中略)
 財務省が「事務ミス」をおかしたとなると、次の問題は責任のとらせ方である。今回の森友学園問題は国家賠償法の対象だと思うが、これまでの判例では国家公務員個人に対しては賠償責任を追及できない。
 一方で、地方公務員の場合には、住民訴訟で個人が賠償責任を問われるケースがある。実際、首長が賠償責任を課された確定判決もある。
 国家公務員改革が議論されたとき、国家公務員の個人賠償責任の規定を入れようという動きがあったが、猛烈な抵抗にあって潰された。その際の反対理由は「そうした規定を入れたら職員が萎縮して公務ができなくなる」というものだった。「地方公務員にはある」と指摘されると、「仕事の質が違う」と理解不能な返事が返ってきた。
 今回の問題を機に、国家公務員の個人賠償責任も検討すべきではないか。
 森友学園問題について、マスコミは「政治家の関与がなかったとしても、官僚による“忖度”があった」と言っている。
 ここでいう忖度とは、たとえば上司や上位組織から何かの見返りを期待して、もしくは嫌われたくないために、特別の便宜を図ることをいうらしい。
 今回の場合、忖度の理由は、安倍総理が財務省の悲願である消費増税に消極的なので、安倍総理の機嫌をとるため、明恵夫人が名誉校長をしている森友学園の小学校に特別の便宜を図った、というわけだ。
 一般論として、サラリーマン社会などでそうした忖度がありうるのは否定しない。しかし、財務省が安倍総理に対して忖度したという説明は釈然としない。
 財務省は霞が関官庁のなかでも情報戦には滅法強いことで知られている。財務省陰謀論を唱えるわけではないが、忖度するくらいなら、安倍総理を嵌め、情報をリークして倒閣するほうを財務省は選ぶのではないか。財務省であれば、そのくらいのことを考え、実行したとしても驚かない。
 マスコミからは、安倍政権が官僚人事を振りかざすから今回のような忖度につながったという話も出てきている。安倍政権になってから内閣人事庁をつくり官僚人事に嘴をいれてきたのが、忖度の遠因になっているというのだ。
 しかし、先進国では一定以上のランクの高級官僚は政治任用であることが多い。各省庁事務次官がすべて省庁の生え抜きで下からあがってくるという官僚人事は日本独特である。この「官僚人事→忖度」論で気をつけなければいけないのは、人事を政治家抜きで自由にやりたいという官僚の願望が垣間みれることだ。どうやらそれにマスコミが乗せられているようで、「安倍政権が官僚人事を振りかざすから忖度につながった」という話のネタ元は官僚ではないかと邪推したくなる。
(後略)

 

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