記事(一部抜粋):2017年3月号掲載

連 載

【コバセツの視点】小林節

「代わりの事実」という「嘘」

“alternative fact”(オルタナティヴ・ファクト)という単語には、本当に驚かされた。トランプ大統領の側近が口走ったこの言葉は、直訳すれば「代わりの事実」である。
 オルタナティヴとは、「代わりの」「多肢択一の」「新しい」「他の」という意味であるが、ファクトとは、「事実」「現実」「実際」という意味で、後者は、本質的に一つしかないはずである。つまり、木は木であり、白は白であり、それぞれ以外の何ものでもない。ところが、トランプ政権の高官は、本来は一つである事実にも「代わりの事実」や「他の事実」や「新しい(つまり別の)事実」がある……と言っている。しかし、それは、文脈上、その者が打ち消したい「現実(事実)」に代わってほしい「想像」つまり「嘘」のことである。
 言わずもがなの事であるが、政治家など社会的責任の高い人物が公然とこのような嘘言を弄する社会では、権力の信用が下落し、いずれその社会の秩序は自然に崩れて行くであろう。
 政治家などはいつの時代もどこの国でも嘘吐きだ……と言ってしまえば身も蓋もないが、状況は今のわが国でも同様である。
 南スーダンに派遣されているわが国のPKO部隊の眼前で起きた「事実」について、最近、「代わりの事実」が語られた。
 現地で、大統領が率いる政府軍と前副大統領が率いる反乱軍が、民族紛争に起因する本格的な軍事衝突を繰り返していることは、世界周知の事実である。
 元々、南スーダンは、スーダンが北部と南部の間の民族紛争・武力衝突の結果、分裂・独立した国である。そして、今度は南の中での民族紛争が顕在化して軍事衝突に発展したのが現状である。だから、今は、もうひとつの国家分裂(新国家の誕生)が起こり得る状況にある。
 戦車までが出動しているこの状況を「戦闘」と呼ぼうが「武力衝突」と呼ぼうが「武力紛争」と呼ぼうが、国語的には同じで、いずれも正しい。
 それを、わが国のPKO部隊は報告書の中で「戦闘」と書いた。
 それに対して、稲田防衛相は、「戦闘」と書いては、「国際的な武力紛争の一環」(憲法9条が禁ずる「国際紛争を解決する手段としての武力行使」)に当たってしまうので、「武力衝突」と置き換えた……と語ったと報道された。これは、いわば「牛を牛と呼んではまずいと思ったので馬と呼んだ」と同じ論理、つまり「嘘言」である。
 さらに、防衛相は、内乱を仕掛けた反政府軍は外国に準ずる存在ではないから「国際紛争」ではない……と語ったと報道された。しかし、そのような「反徒の集団」も国家に準ずる存在として戦時国際法を適用するのが人道的原則であろう。なぜなら、それにより兵士たちが、犯罪者(テロリスト)ではなく、名誉ある兵士として捕虜の待遇などの法的保護を受けられるからである。
(後略)

 

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