記事(一部抜粋):2017年2月号掲載

政 治

天皇・皇族にも人権はある

【コバセツの視点】小林節

 今上天皇陛下の生前退位のご意思が明らかになってから、議論が意識的にゆっくりと進んでいるように見える。有識者(?)会議なるものが一代限りの退位特例法の制定という「始めに結論ありき」の議論をしていることとそれが内閣(首相)の意向であることは見え見えである。
 加えて、全ての議論の前提としての天皇・皇族の「人権」について、主権者国民の間に共通の理解が存在していないことが、驚きである。
 まず、「(基本的)人権」とは、かつての絶対王政を倒して民主制を確立し、かつ、民主制が王政に戻らないことを保障する理論的根拠である。つまり、王家に生まれようが庶民の子であろうが、人は皆、単に「人間」であるそれだけの理由でそれぞれに至高で平等な存在だ……という考え方である。だから、先天的に個性の異なる全ての個人が、他者の人格や社会の基本秩序を害さない限り、各人には「自分らしく」生きることを邪魔されない権利があり、その総称が「人権」である。
 生命権、職業選択の自由、表現の自由、信教の自由、婚姻の自由、参政権等、さまざまな法的力が私たちには保障されている。
 もちろん、天皇家の人々も、「日本国に所属する人間」である以上、日本国憲法に規定された「人権」は当然に保障されている……と考えるしかあるまい。
 その上で、天皇家に生まれあるいは天皇家に嫁いで、自らの意思でその立場を受け容れた場合には、歴史的に形成された「天皇制」に特有な「人権制約」は甘受しなければならないのも当然である。つまり、まず、天皇制は神道の体系である以上、天皇家の人間でいる限りは、他の宗教を受け容れる訳にはいかず、その限りで信教の自由は制約される。また、国と国民統合の「象徴」を担う家族である以上、その言動は政治的に中立でなければならず、その故に、参政権、表現の自由、結社の自由等も制約される。
 ただし、本人がそのような制約を受けることが嫌だと確信した場合には、皇室から出る皇籍離脱の自由が現に保障されている。仮に、「当人が嫌でも皇族でい続けよ」という法制度だとしたら、それこそ「その意に反する苦役」で人権侵害になってしまう。
 だから、天皇家(皇室)の長たる天皇になる巡り合わせの人間にも、その地位を受け容れ(続け)るか否かの自由がなければ、その人物を人間扱いしていないことになる。つまり、今上天皇陛下も、崩御(死亡)、(未成年、病気、事故の故に)摂政を置く場合の他に、自らの意思でその地位を去る権利があるはずである。
 ところが、最近になって政府は、天皇の意思による退位を認めてその手続を定める立法を行うことは「天皇は国政に関する権能を有しない」とする憲法4条に違反する恐れがある……などと言い始めている。
(後略)

 

※バックナンバーは1冊1,100円(税別)にてご注文承ります。 本サイトの他、オンライン書店Fujisan.co.jpからもご注文いただけます。
記事検索

【記事一覧へ】