記事(一部抜粋):2016年12月号掲載

連 載

【流言流行への一撃】西部邁

悪党・阿呆・病人からなる社会の命運

 アメリカ大統領選を全世界が注視していた。そのなかで、史上稀にみる醜態がさらされた。トランプ本人そしてクリントンの夫の女性スキャンダルの(被害者本人を表舞台に引き出しての)暴露合戦となれば、度外れのネガティブ・キャンペインというほかない。それはエロ・グロ・ナンセンスの域に入っているといってさしつかえない。アメリカとの同盟とやらに国家の命運をかけているたとえば我が国の親米派などは、さぞかし「穴があったら入りたい」の気分ではないのか。
 だが、大規模な選挙はなべて、「立候補者の人格を問う」のが本筋ではある。政策はどこまで可能か疑問の多い公約を各候補がプラットフォーム(公約)として掲げるにとどまってかまわない。なぜなら、政策の決定は(専門家の意見を質した上での)議会という名の立法府で決まるのだから。政策の「数値・期限・工程」をまで選挙民に選んでもらうとしたかつての(我が国の民主党の)マニフェスト政治なんかは、議会政治の否定つまり直接民主制の肯定という点で、馬鹿丸出しであった。
 しかし、アメリカの立候補者の人格にかんするネガティヴ・キャンペインは、そこに金銭とマスコミがはたらいていると予測がつくだけに、エロ・グロ・ナンセンスのきわみというしかない。かつて昭和初期に流行したエロ・グロ・ナンセンスには「危機に陥った社会への抵抗」といった意味合いがあった。しかしアメリカのそれは、社会の指導者が率先して文明を「文化なきもの」にせんと励んでいる。
 憂慮されるのは、ここまでみずからの下品さをさらした上で当選する代表者は、内外政策の立案と実行に当たっても、行き当たりばったりの乱暴を重ねるのではないかということだ。世間ではアメリカの孤立主義のことがいわれているが、これほど金銭的および軍事的な手足を世界の隅々にまで延ばしてしまったアメリカが、それらをおいそれと順調に引っ込められるはずがない。おそらくは、人格的信頼を失っていることを逆利用して、国際社会の迷惑など考えずに、得手勝手なことをやって恬として恥じないのではないか。
 それは古代アテネや帝政ローマの末期にみられた「パンとサーカス」の再現ということである。要するに選挙民に福祉をばらまき、そして(スキャンダルとしての)娯楽を提供するという政治手法のことだ。アメリカ帝国は、帝国としての威厳や品位を投げ捨てて、その為政者はアドホッキズムつまり「その場限りの」人気取りに狂奔する道を進んでいく。そう思うほかないほど、今度のアメリカ大統領選は薄汚かった。
 哀れなのは、そんな国家を同盟国とすることにみずからの命運をかけてきた戦後日本の国家だ。マモニズム(拝金主義)の資本主義とポピュリズム(人気主義)の民主主義の軌道を走るしかなくなった帝国、それからどう自立するかの方途がいささかも探られていない。
「アメリカの核の傘」などは、アメリカが中国と北朝鮮と闘いを交えないと構えているからには、すでに「破れ傘」である。そんなものに日米同盟の美名を被せているのであるから、この日本はあまりにお人好しで、一人前の国になるには道遠しである。その証拠に、今の日本人は豊洲市場とオリンピック会場の、どこをどう弄くっても大した解決策の出ない、しかも日本の命運とほとんど何の関係もない問題をめぐって、朝から晩まで騒ぎを楽しんでいる。
 NPT(核不拡散条約)には「既核保有国は核軍縮に励む」という条件がつけられていた。だが核軍縮など、どの国もせいぜいがおためごかしのことしかやっていない。また我が国がそれを批准するときには「日米安保が存続するかぎり」という条件が付されていた。その安保条約が(核において)破れ傘になっているというのに、またその第10条には「周辺事情によって撤退可能」となってもいるのに、NPTは我が国では「不磨の国際法典」とみなされている。
「核兵器は使えない兵器」という意見が政界ですらまことしやかに吐かれているが、では、そんなものに大金を投じているアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の9カ国はみな馬鹿者ぞろいなのか、そんな馬鹿者たちと(安保問題をはじめとして)外交に励んでいる我が国は馬鹿でないとしたら何なのか、これもまたサーカス遊びの一種なのか。
 自衛隊は「交戦可能な戦力」であるのに、「侵略をしないために非武装・不交戦」(現憲法9条第2項)というのは、日本は侵略と自衛のできない阿呆な国だというのか、それとも自衛を口実に侵略するのを旨とする悪党の国だというのか。仮にそうだとしたら、そんな国家があるのは国際社会の迷惑なのだから、国家を解散して国民はみな難民となるべきだ。
(後略)

 

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