記事(一部抜粋):2016年5月号掲載

経 済

金融界が警戒する「影の利子率」

マイナス金利は1%程度に拡大?

「よくぞ言ってくれた!」
 メガバンクの幹部が思わず快哉の声が上げたのは、4月14日、三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行社長がデリバティブ取引に関する都内の講演で口にた発言内容に対してだった。
 日銀が2月から導入したマイナス金利政策について平野氏はこう懸念を表明したのだ。
「(家計や企業の)懸念を増大させているリスクに戸惑っている。(銀行は)マイナス金利を個人や法人の顧客に転嫁しにくい。体力勝負の厳しい持久戦が長期化する」
 金融機関のトップが公の場で、正面切って日銀のマイナス金利政策を手厳しく批判したのは初めてのことである。
 全国銀行協会会長をはじめ金融機関の首脳は、マイナス金利について聞かれると、表向きは次のように決まり文句を口にする。
「短期的にはネガティブだが、長期的には日本経済に好影響を与え、プラスに働く。効果を見守りたい」
 しかし、記者とのオフレコ懇親などでは本音をこう吐露する。
「黒田(東彦)総裁は何を考えているんだ。マイナス金利は金融機関を窮乏させる最悪の施策だ」
 腹の中は怒りで煮えたぎっているのである。
 それもそのはず、マイナス金利の本質は「過去最高益を更新するなど儲けすぎている金融機関から利益を吐き出させ、それを企業や個人に転嫁すること」(メガバンク幹部)だから。どれほどの効果があるのかは別として、利益の移転によって景気を浮揚させようとする政策なのである。
 市場はよく見ている。マイナス金利が決定されて以降、銀行株が急落し、メガバンクの株価は年初から3~4割も下落している。
 三菱UFJの平野社長があえて黒田・日銀に“反旗”を翻したのは、4月1日付で兼務していた銀行(三菱東京UFJ銀行)頭取を外れ、発言しやすい立場に立ったこともあろうが、同時に日本のトップバンクグループとしての自負があってのことだろう。少なくとも、黒田日銀の暴走をここで食い止めなければ大変なことになる、という危機感があることは確かだ。
 黒田総裁はことあるごとに「必要なら、量的・マイナス金利の3次元でさらなる金融緩和をためらわない」と繰り返し言明している。平野氏の発言は4月27、28日の政策決定会合でマイナス金利が深堀されるのは困ると釘を刺す意味合いもあった。
 金融機関がマイナス金利の拡大に怯えるのは、安倍晋三首相の知恵袋になっている有力エコノミストがマイナス金利の拡大を示唆する発言をしているからだ。
 安倍政権は5月の伊勢志摩サミットを控え、3~5月にかけて海外の有識者を含む世界経済・金融・エネルギーの専門家と意見交換する「国際金融経済分析会合」を5回開く。3月16、17、22日の会合では、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏らに意見を聞いた。
 両氏とも来年4月に予定されている消費税率の引き上げを見送るべきと提言したことが大きく報道されたが、金融界が注目したのは、3月17日の会合で元日銀副総裁の岩田一政氏(日本経済研究センター理事長)が提言した「影の利子率」だった。
 岩田氏はこう説明した。
「日本のみならず米国、英国でも、貯蓄・投資バランスを望ましい形に回復させる実質金利(自然利子率)は、マイナスの領域まで低下している」
「名目金利がゼロまで低下した場合には、中央銀行はインフレ期待を高めるか、マイナス金利政策を採用し、実質金利を自然利子率以下にする必要がある」
(後略)

 

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