記事(一部抜粋):2016年4月号掲載

経 済

大手を振る解雇支援ビジネス

人材会社が仕掛ける“ローパフォーマー社員”の青田刈り

 1970年代、シカゴ大学の研究でホスピス(末期医療)運動のきっかけをつくった女性心理学者がいた。末期患者が死を受け入れる「死の受容プロセス」を提唱したキューブラー・ロスだ。人は死期を悟ると「否認」と「孤立」「怒り」「取引」「抑うつ」段階を経て、最後に自らの人生の終わりを受容するのだという。この臨死モデルが、なぜか半世紀過ぎた日本の人材会社で再び脚光を浴びていた。
 東京・港区JR田町駅に近い白い高層ビルの20階にテンプスタッフキャリアコンサルティング(=以下テンプ・石井一成社長)はある。グループ全体で売上高4000億円超のテンプホールディングス傘下の再就職支援を専門とする会社だ。ただし再就職を望む個人は相手にしない。テンプと契約できるのは法人だけだ。法人が必要とする再就職支援とは何か。
(中略)
 約4時間の研修は休憩をはさんで実践に入る。面談のロールプレイだ。そのシナリオもテンプが用意する。一般的な社員向けと50代後半社員向けで話法を使い分け、初めてリストラを告げる1回目、退職を迫る2回目、退職勧奨に抵抗する説得困難なケースの「さばき方」と、面談の場面展開をいくつも用意して実習を繰り返させる。次第に熱を帯び、疲労を濃くする面談者に、テンプのスタッフが合意退職の秘訣を伝授する。
「個別面談で重要なスキルは、相手の言葉に耳を傾ける『傾聴スキル』です。話を遮ることなく、うなずき、繰り返し、話の趣旨をまとめて伝え返す。こうした個別面談を繰り返すことと、弊社による事前キャリア相談を経験すること、加えて時間の経過がキューブラー・ロスの受容モデルにみられる心理ステージを経て、決断につながるのです」
 解雇を人の死になぞらえた点で、まさにテンプは死の商人だった。
 昨年、国内製紙最大手の王子HD傘下のグループ企業に勤める40代男性のAさんは、退職勧奨を受けた。
「印刷情報用紙の紙需要が減っている中、王子ネピアでわりと大がかりな退職勧奨があったし、あとから考えれば、会社とテンプによる仕組まれたリストラだったが、社内で噂になるわけでもなく、当時の自分にはわからなかった」
 株主総会を終え、個別面談に呼び出されたAさんをグループ人事本部長を兼任する社長と人事部長の2人が待ち構えてこう伝えた。
「グループ全体の収益が悪く、君に適した仕事を用意することが難しい。いま決断するなら、退職加算金を上積みし、会社都合退職で雇用保険がすぐ降りるように便宜を図る。再就職支援の専門会社も用意したので、まずはコンサルティングを受けてみたらどうか」
 王子が指定したのが、テンプだった。
「同僚たちがかける言葉が見つからないと戸惑う中で、テンプのカウンセラーから『退職勧奨を受けないのは構わないけど、会社は合法的にじわじわやると思う』と同情的に話されると、なんとなく自分のことを考えてくれているのかなと思ってしまった」
 再就職支援の利用者に向けて、テンプはホームページにこう綴っている。
《あなたの可能性を信じて、つねにあなたのそばにいる。それが、私たち再就職支援サービスです》
 その後、A氏はテンプでの面談を人事部長に報告。そのうえで雇用の継続を願ったが、人事本部長はこう宣告し、退職を迫った。
「残っても仕事はない。いずれ(テンプに)出向してもらう。君の仕事は再就職先を探すことだ」
思うよ」
(中略)
 人材紹介業協会の再就職支援協議会会員は24社。厚生労働省によると、その中で解雇と再就職を両手につかんで事業をおこなう企業は13社ある。雇用を弄び、その茶番を知らないまま退職に追い込まれる社員は、思いのほか多い。
 国会で追及する民主党・大西健介代議士は、問題点をこう話す。
「人材会社のマッチポンプは論外として、そもそも社員を非戦力を理由に解雇することは日本では厳しく制限されている。まして、仕事というのは労働者が労務を提供し、その対価を使用者が支払うもの。社員が自身の再就職先を探すことは会社の収益になり得ないわけだから、業務命令であっても許されない」
 ところが、この点を大西氏が衆議院予算委員会で質すと、安倍晋三首相は大いにいらだった。
「違法かどうかは、個々の事案ごとに司法において判断されるものであるということしか言えないわけでございます。(中略)司法の場にいかなければならなくなるようなことを、どんどんそれが広がっていくということは、およそ考えられないわけでございまして、それを極端にそうやって不安をあおることは謹んだ方がいいのではないか」
 その反応は安倍氏自身が積極的だった人材会社支援と無関係ではないだろう。
「雇用支援策を、雇用維持型から労働移動支援型へ大きくシフトさせたい。就職支援施策の実施を民間にも委任するなど、民間の人材紹介サービスを最大限活用したい」
 13年の産業競争力会議の中でのこの発言は、安倍内閣成長戦略三本の矢の矢じりの欠片でもあった。
(後略)

 

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