地政学的な特性を抜きに、日本の防衛を考えることはできない。
平和論者のなかには、非武装中立論(9条遵守)を唱える者がいるが、非武装中立のコスタリカや武装中立のスイスと日本では、地政学的な条件が異なる。
日本は、4つの領海(太平洋・日本海・東シナ海、オホーツク海)を隔ててアメリカとロシア、中国、韓国、北朝鮮と隣接している。
しかも、通商や軍事面において、5つの国と密接な利害関係をもつ。
ロシア(ウラジオストック)や中国、朝鮮半島にとって、日本は、太平洋へでてゆく際の妨害者で、太平洋を独占したいアメリカにとっても、邪魔者である。
侮りがたい大国で、原爆を投下された太平洋戦争以外、戦争に負けたことがない。
伝統国家でもあって、革命国家であるこれら5つの国とは、文化や価値観が異なる。
地政学的要衝に位置する日本は、元々、周辺国から敵視、あるいは疎まれる運命を背負っていたのである。
江戸時代は鎖国でしのぎ、明治に入って帝国主義を立て、日清・日露、第一次大戦に勝ち、国際的地歩を固めたが、前大戦では、敗北した。
そして、憲法9条によって、丸腰にさせられたが、日米安保条約と再軍備をもって、再び、独立国家の体裁を整えた。
国際情勢に、大きな歴史的変化はあったものの、利害対立国群に包囲された日本の地政学的条件は、大戦前から変わっていない。
憲法9条によって、平和がまもられてきたというのは、とんだ妄想で、日米安保と自衛隊が、旧日本軍に代わって、戦争のない状態(=平和)をつくりだしてきたのである。
第二次大戦が終結してから70年がたち、戦勝国が世界を支配する戦後体制は、米ソ冷戦構造崩壊後、急速にほころびはじめ、イラク戦争以後、アメリカが“世界の警察官”としての役割をはたせなくなるに至って、ほぼ瓦解した。
くわえて、中国の台頭によって、アメリカの一極支配は、いよいよ、怪しくなっている。
現在、アジアの軍事バランスは、二つの局面で、微妙に変化しつつある。
一つは、中・韓接近で、半島有事によって、韓国が、中国と北朝鮮連合にのみこまれる可能性がでてきた。
もう一つは、米軍のアジアからの撤退で、韓国からの完全撤兵と沖縄海兵隊のグアム島移動によって、近い将来、アジアからアメリカ軍がいなくなる事態も想定されうる。
第7艦隊も、指令系統が横須賀や沖縄からワシントンに移って、海上自衛隊と米海軍の一体感が希薄になる。
西太平洋から日本海、南シナ海、インド洋、ペルシャ湾にいたる第7艦隊の守備海域が、アメリカの戦力地域から外れる一方、中国海軍が勢力範囲を拡大してくると、シーライン危機が現実のものとなってくる。
日本とアジアの安全をまもっているのは、日本とアメリカ(在日米軍/在韓米軍・第7艦隊)、台湾、韓国、オーストラリア、これにたいする中国・北朝鮮、第3戦力のインド、アセアン諸国らの軍事バランスである。
このバランスが決定的に崩れたとき、紛争の危機が現実のものとなってくるだろう。
米海軍がフィリピンのスービック基地を放棄したあと、中国が南シナ海を領海化したのが好例で、軍事力の後退は、かならず、紛争の危機をまねく。
戦後、朝鮮半島やベトナム、アフリカ、中東が戦火に包まれたのは、日本とドイツの敗戦によって、旧植民地という“軍事的空白地帯”が生じたからだった。
憲法9条によって日本が“非武装地帯”になっていたら、ベトナム戦争以前に日本列島が、米ソ代理戦争の戦場になっていたかもしれない。
そうならなかったのは、在日米軍や自衛隊という軍事力が存在していたからだった。
日本の防衛予算(5兆円)は、世界8位で、兵員、戦車、航空機、攻撃ヘリ、空母、潜水艦の6要素から算出した総合戦力ランキング(クレディ・スイス)では、アメリカ、ロシア、中国に次ぐ4位で、インド、フランス、韓国、イタリア、英国、トルコをしのいでいる。
交戦能力の高さに至っては、日本がアメリカに次ぐ2位で、ロシアや中国をこえるというのが、世界の有力軍事専門誌の分析である。
憲法9条など、宇宙の彼方へふっとんでいるわけだが、それが、シーラインの安全をまもっている平和の真のすがたである。
これからの戦争は、IT(情報技術)と精密機器のたたかいで、鉄砲かついで戦場にむかう戦争は、とっくに終わっている。
現代の戦争は、総力戦でも局地戦でも、シミュレーションで片が付く。
これはおそろしい話で、開戦前に戦争の決着がついて、負けたほうは、たたかわずに、敗戦国となってしまうのである。
台湾海峡危機から朝鮮有事、尖閣列島、南シナ海やシーライン防衛にいたるまで、紛争が回避されているのは、攻撃と防衛の“実戦シミュレーション”が拮抗しているからである。
(後略)