記事(一部抜粋):2015年9月号掲載

連 載

歴史の真実とは

【中華からの風にのって】堂園徹

 中国のテレビによく出てくる軍事評論家が、時事問題の番組でこんな話をしていた。
「ある国際会議でのことです。日本の代表者が『世界の指導者は広島と長崎を見にくるべきだ』と言いました。すると中国の代表者がこう言ったのです。『その前に、日本の指導者も世界の指導者も南京大虐殺記念館を訪問すべきだ』と」
 このエピソード、中国人の溜飲を大いに下げさせるもので、軍事評論家はさらにこう言い放った。
「日本は加害者なのに、色々と策略をめぐらせて自分たちも被害者だと訴えています。それは白を黒と言いくるめるもので、日本が加害者であることは曲げようのない“歴史の真実”です」
 ここで言う「国際会議」が、核不拡散条約最終検討会議のことで、最終文書案に、各国指導者に広島・長崎への訪問を促す文言を入れるべきだという日本の提案が、中国の反対で採用されなかったことを指していることを、筆者は後で知った。中国の代表者は会議でこう発言したという。
「歴史認識問題に対する日本政府の姿勢から判断すると、被爆地への招待が(日本が第2次世界大戦の加害者だという)世界の人々の大局的で正しい認識の助けになるとは思わない」
 軍縮のための会議に歴史認識を持ち込む中国代表者の見識には首を傾げざるを得ないし、軍事評論家が持ち出した「南京大虐殺記念館」と「広島・長崎」は意味合いがまったく異なるもので、それこそ白を黒と言いくるめる詭弁だと思う。
 この軍事評論家は以前から「日本が中国に与えた損害はあまりにも大きく、日本がどんなに弁償しても弁償しきれるものではない」などと中国人の被害者意識を煽る発言を繰り返してきた。しかし中国人が好んで使う“歴史の真実”のなかには、中国が加害者で日本が被害者となった虐殺事件もある。ただし、それが中国で語られることはない。
 日本が降伏した後、中国では日本人が虐殺される事件が数多く発生している。その一つに1946年2月3日に起きた「通化事件」がある。この事件では日本人居留民約3000人が中国共産党軍と朝鮮人民義勇軍によって虐殺された。南京大虐殺の死者数は中国側の公称30万人に対して一説には数千人とも言われている。通化事件の3000人も大虐殺と言って間違いないだろう。
 事件の概要は次の通りである。
 満州国・通化市(現在の吉林省通化市)には終戦後も約1万7000人の日本人が居住していた。終戦直後は満州国軍や満州国警察から転籍した国民党軍の支配下に置かれたが、駐留してきたソ連軍が日本人居留民に対し、略奪や暴行、強姦を働き、慰安婦の供出を強制するなどした。
 やがてソ連軍の代わりに中国共産党軍が進駐し、国民党軍を駆逐すると、通化市は共産党軍の支配下に置かれることになった。共産党軍は略奪だけでなく、無償の強制労働を強いたので、日本人の困窮はますます極まった。
 見かねた関東軍の兵士が、国民党軍と組んで共産党軍に攻撃を仕掛けるが、これが失敗。共産党軍による日本人の粛清が始まる。
 16歳以上の日本人男子は有無を言わさず連行され、その数は3000人以上に及んだ。
 連行された日本人は畳8畳ほどの部屋に120人ずつ無理やり押し込まれた。満員電車どころではない文字どおりの寿司詰め状態で、一寸たりとも身動きができない。口は動かせるが、酸欠状態で、ただ口をパクパクさせるだけ。大小便は垂れ流しで、精神的に耐えられず奇声をあげる者もいた。奇声があがる度に部屋の外から銃弾が撃ち込まれ、窓際にいた者が次々に死んでいった。死体は立ったまま血だけが流れ、床が血の海になった。
 この生き地獄が5日間続いた後、日本人は部屋から外に出されたが、待ち構えていた朝鮮人民義勇軍の兵士に棍棒で殴られ、多くの者が撲殺された。辛うじて生き残った者は川岸に並べられ、今度は中国共産党軍によって次々と銃殺された。
 通化事件は、日本が降伏した後に起きた虐殺事件だが、南京大虐殺(1937年12月)の前、同年7月29日にも、中国人による日本人虐殺事件が起きている。北京の東約12キロ、現在の北京市通州区で起きた「通州事件」である。
 中国人部隊がこの地に駐留していた日本軍を襲撃。これを壊滅させると日本人居留民の家を一軒残らず襲い、略奪・暴行・強姦の限りを尽くした。その蛮行たるや日本人女性の陰部に箒や銃剣を突き刺す、刃物で陰部をえぐりとる、テーブルの上に女性の生首を並べる、殺した女性を死姦する、子供の鼻孔に針金を通すなど想像を絶するものだった。居留民385名のうち223名が殺害されたこの事件は当時、日本で「支那軍の鬼畜も及ばぬ残虐さ」と報道され、日本人の反中感情を一気に高めたと言われている。
 三十数年前、台湾の博物館で見た南京大虐殺の写真のなかに、裸の女性の死体の陰部に銃剣を突き刺し、その横でにっこりする日本人兵士(と思われる)の姿が写ったものがあり、筆者は大きなショックを受けたが、そうした猟奇的な行為は、南京大虐殺よりも前、中国人兵士によってもおこなわれていたのである。なお戦後の東京裁判で、日本側弁護団はこの事件を取り上げようとしたが、ウェッブ裁判長に却下されている。
 南京大虐殺、通化事件、通州事件はいずれも「歴史の真実」である。南京大虐殺は日本人を非難するために、通化事件と通州事件は中国人を責めるために持ち出すものではない。中国人も日本人も共に加害者、被害者の視点から脱却し、客観的に歴史を見なければ、歴史の真実は語れない。
 しかし、いつまでも被害者の立場にいようとする中国、そして何も主張しないことでそれを許してしまう日本。悲しいかな、それがいまの「日中関係」である。

 

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