愛知、岐阜、三重、そして静岡の4県を管掌する名古屋国税局に、一本の匿名の電話がかかってきたのは今年春先のことだった。
「A社という自動車修理会社と管轄のX税務署は、ひょっとして癒着しているんじゃないか。X税務署にいくら強く言ってもちっとも動かない」
電話の主は、自動車修理会社A社の情報をX税務署にタレ込んだ。しかしX税務署は一向に動いてくれない。思いあまって上部組織の国税局に電話を入れた──。
税務署や国税局はタレコミ情報を重視している。情報提供者の動機がいかに不純であろうとも、税金を納めていない者がいると聞けばすぐに調べ、必要があれば直ちに乗り込む。
A社に関するタレコミを、名古屋国税局としてもおざなりにあしらっておくことはできない。まずは当該のX税務署に問い合わせてみる。すると情報通り、問題視されているA社には、過去何年も税務調査が入っていないことがわかった。X税務署によるとその理由は、「特に問題はないから」。
国税局としては、いくら管轄下とはいえ、当該税務署の「問題なし」という判断に対し、むやみに疑義を呈することはできない。そこで名古屋国税局は、直接A社のについて調べてみたという。同国税局の関係者がこう言う。
「A社を嗅ぎ回ってみると、確かに、きな臭い話が出てきた。広域暴力団と関係が深いとか、いろいろ。もちろん、そうした問題は我々が手がけることではない。肝心の税金の問題、たしかにグレーではあるのですが」
どうやら、所轄税務署の頭ごなしに動くことには抵抗(遠慮)があるらしく、なんとも微妙な言い回しなのだ。
税務署と個別の業者が癒着しているというタレコミ主の主張には確たる証拠があるわけではない。結局、名古屋国税局は独自に調査したこの問題を“お蔵入り”にしたようだ。国税局が介入すべきものではないと判断したからだろう。
しかし調査を通じて、A社が属する業界、つまり自動車修理業、とりわけトラック修理業界に見過ごせない悪弊があることが浮かび上がってきたという。
ここに、「同国税局がまとめた非公式の文書」とされるものがある。そこには、看過できない業界の問題が指摘されていた。
『トラック板金・塗装・修理業界について』というタイトルに続いてこう記されている。
《トラック(商用車)の修理は、整備業界と板金・塗装業界に分割されています。また、普通乗用車と大きく異なる点は、車体本体の修理以外に荷台(ボデー)の修理が付随することです。また車両本体価格が非常に高額であり、事故修理費用も高額になる傾向があるため、大半のユーザー(運送会社)は、任意保険に入っています。また車両修理費用として車両保険も使用しています》
以上を前提として、以下5つの問題が指摘されている。
(中略)
この文書に書かれている内容にを、トラック修理業界のさる関係者が次のように説明する。
「メーカーからディーラー(販売店)に卸された新車(トラック)は、ディーラーの営業マンが直接、エンドユーザーに販売します。ただしトラックの場合、乗用車と違ってユーザーによって仕様は千差万別。そこで法律の枠内でユーザーの意向に合わせて改造を加える。トラックに人間が合わせるのではなく、仕事にトラックをあわせるということです。その改造を実際にやるのは私たちのような専門の指定工場。改造の細かなところをユーザーから聞いてくるのはディーラーの営業マンです」
この関係者によると、驚いたことに、この改造にかかる費用を負担するのはエンドユーザーではなく、ディーラーの営業マンなのだという。
「改造は高いものになると100万単位でかかってきます。それを営業マンが負担して、私たちに改造費用を支払うわけです。しかし営業マンは別のところで、そのマイナスを補っているのです」
それは、A社のような修理業者と口裏を合わせておこなう保険の水増し請求だという。
「事故や故障で破損したトラックは、ディーラーを通じて修理業者に持ち込まれ修理されるわけですが、その際に修理代金を水増しするのです。たとえば100万円で済むところを600万円かかったことにする。ディーラーの社員がそれを承認すれば、保険会社は保険金を支払わざるをえない。修理にかかった実費と保険金の差額がまるまる修理業者の儲けになり、一部がディーラーの営業マンにキックバックされるのです」
新車販売時の改造で自腹を切らされた社員は、ここで一気に損失を取り戻すわけだ。
(後略)