戦後初めて日本の貯蓄額がマイナスになった。
内閣府がこのほど発表した2013年の「国民経済計算確報」によると、家計は13年中に給与、利子、配当などで285兆5000億円の所得を得た一方、消費に289兆2000億円を支出、差し引き貯蓄額はマイナス3.7兆円となり、貯蓄率も1.3%のマイナスに落ち込んだ。
貯蓄額と貯蓄率がマイナスになるのは、統計上比較可能な1955年度以降で初めて。実質的に戦後初の異常事態である。最大の要因は、高齢化が急速に進むなか、貯蓄を取り崩して生活を維持している層が多くなる一方、若年層を中心に派遣社員化が進んことで所得が伸び悩んでいることだ。
また、貯蓄率の低下に伴い貧困率が急速に高まっているのも見逃せない。厚生労働省の13年「国民生活基礎調査」によると、日本の相対的貧困率(国民の平均所得の半分以下の水準の人の割合)は16.1%で、過去最悪水準を更新中。世帯べースでみれば5世帯に1世帯は相対的な貧困世帯に沈んでいる。一握りの富裕層が富の過半を握る米国型の社会へと日本も徐々に近づきつつあるのだ。
トマ・ピケティの『21世紀の資本』が世界的なベストセラーとなり、日本でも図書館での貸し出しが追いつかないほどの人気を博しているのは、社会全体が富の格差に潜在的な危機感を持ち始めた証だろう。日本のGDP(国内総生産)は14年にドル換算で中国の半分にまで落ち込んだとみられ、一人当たりのGDP(ドル換算)は13年で世界24位まで後退している。
貯蓄額・貯蓄率の減少は日本の社会が不安定さを増していることのシグナルだが、デフレ脱却を目指す日銀の黒田東彦総裁は、消費者物価の上昇率について「15年中に2%程度に達する」との見通しを崩していない。異次元金融緩和を進める黒田氏は、ベースマネーを2年間で2倍に増やすことで、(1)長期金利の低下、(2)金融機関の資産の見直し、(3)インフレ期待の形成という「3つのルート」を通じて、景気浮揚とデフレ脱却を実現できると強弁している。
しかし市場の見方は懐疑的で、「2年で消費者物価指数2%を達成するには2年連続で4%近い経済成長が必要。非現実的だ」(大手証券エコノミスト)といった声が根強い。実際、内閣府が2月16日に発表した14年のGDP(速報値)は、年間を通じた実質GDP成長率が0.0%となり、経済成長は止まった格好だ。最大の要因は、昨年4月に消費税を8%に引き上げたのに伴い個人消費が大きく落ち込んだこと。日銀の異次元金融緩和が当初の目論見通りの成果を上げていないばかりか、急激な円安を呼び込んで輸入物価の上昇を招き、個人消費を委縮させたのも否めない。このまま日銀が過剰な金融緩和を継続しても、消費者物価指数は2%に乗らないばかりか、さしたる景気回復も望めず、過剰な金融緩和の副作用だけが残る最悪の事態も想定される。
実は日銀では、そうした最悪のシナリオに備えて、密かに「2つの保険」を準備している。
第1の保険はGDPの計算方式の改定だ。GDPは国連が定めた基準に沿って各国が計算している。世界の国々が同じ基準でGDPを算出し、国際比較できるようにしているわけだが、国連は1993年に定めた基準を2008年に見直し、加盟国に修正を促している。日本は16年(15年度)に新基準を適用する予定だ。日本が新基準を採用すれば、現状では付加価値を生まない「経費」として扱われているためGDPにカウントされない「研究開発費」が一転してGDPに加算される。その影響は大きく、内閣府の試算では名目GDPを3.1~3.4%押し上げるとみられている。経済成長が押し上げられれば、物価上昇にもプラスに働く。
第2の保険はさらに直接的で、物価上昇率を計る物差しそのものの変更だ
(後略)