オーストラリアの野党であるパーマー連合党のパーマー党首が、今年8月18日に放送された地元のテレビ番組で「中国は厄介者で平気で自国民を撃ち殺す」などと発言、人権団体が人種差別だと騒いで大きなニュースになった。在豪中国大使館は「偏見に満ちた発言だ」と不快感を表明し、中国共産党の機関紙である人民日報系の『環境時報』の英語版は、オーストラリアへの報復を中国政府に訴える記事を掲載した。
オーストラリアにとって中国は最大の貿易相手国であり、中国政府が何らかの報復措置をとれば豪州経済が打撃を受けるのは間違いない。そのため豪州政府は問題の鎮静化に躍起となり、当初は中国企業がオーストラリアの資産を買い漁っていることを不快に思っている地元民の支持もあって強気だったパーマー党首も、約1週間後に失言を認め、「中国人を侮辱してしまい、深く後悔している」と謝罪した。
(中略)
憎悪と敵意に満ちた表現という点で、パーマー党首の発言は明らかにヘイトスピーチである。日本や欧米では、公共の場でそうした発言がなされるとすぐに国際社会から批判が出る。しかし中国では、ヘイトスピーチのような発言はテレビを通して日常茶飯的に聞かれる。筆者は長年中国に滞在して中国のテレビを視聴しているが、ニュースキャスターや時事問題の解説者、コメンテーターが日本を侮蔑する「小日本」「日本鬼子」という言葉を何のためらいもなく口にするのを聞いて不快に感じることがある。これはアメリカのCNNのキャスターがニュース番組で「ジャップ」と発言し、日本のNHKのアナウンサーが「チャンコロ」と言うのと同じである。
また中国では日本に向けての憎悪表現だけでなく、安倍首相個人に対しても、「恥知らず」「アジア最大のトラブルメーカー」といった、他国の最高指導者に対してこれほど失礼なことはないと思える侮蔑語が躊躇なく浴びせられる。中国の報道を聞いていると、かつて日本人がイラクのサダム・フセインに抱いたイメージを中国人は安倍首相に抱いているのではないかと思えてくる。
言論と表現の自由が保障されている日本や欧米ではヘイトスピーチや差別発言が許されず、言論と表現の自由がない中国では公共放送の場でもそれが許されているというのは何とも奇妙である。
中国のテレビではよく「日本の指導者は歴史に正しく向き合うべきだ」「日本は間違った歴史教育をしている」などの発言が頻繁になされる。言論と表現の自由のない国が、言論と表現の自由がある日本を一方的に非難している事実を、多くの日本人は「共産党独裁政権によるプロパガンダ」とあまり問題にしない。北朝鮮の国営放送などは中国よりもっと悪しざまに日本を非難しているが、日本人はそれも北朝鮮のプロパガンダだとまともに受け取っていない。
北朝鮮は世界経済に与える影響が極めて小さいので、そのプロパガンダを無視してもそれほど問題はない。中国も国際社会でのプレゼンスが小さかった時は、何を発言しようが国際社会はそれを相手にしなくて済んだ。しかしオーストラリアの野党党首が差別発言で謝罪に追い込まれたように、現在では中国の国際社会における影響力は非常に大きい。
それは「靖国問題」に顕著に表れている。靖国神社に参拝するかしないかは純粋に日本の国内問題だが、中国はそれに言いがかりをつけ、政治手段として利用してきた。中国の国際社会での影響力が小さい時は、日本は欧米諸国から文句を言われることはなかったが、中国が世界第2の経済大国になると、靖国参拝を欧米まで非難するようになってしまった。
(後略)