記事(一部抜粋):2014年11月号掲載

連 載

「核心的利益」のなかで見過ごされる核心的問題

【中華からの風にのって】堂園徹

 尖閣諸島の国有化から2年が経過し、中国のテレビ放送からは「釣魚島は中国固有の領土だ」というプロパガンダが以前ほどは聞かれなくなった。それでも、たまに市井の中国人から「釣魚島についてどう思うか。釣魚島は中国の領土だ」と議論を吹っかけられ、ウンザリすることがある。
 以前は、釣魚島という無人島が存在することを知る中国人はほとんどいなかった。それどころか、彼らは台湾問題にすらさほど関心を示さない。マイホームや子供の教育が切実な問題の庶民にとって、台湾の帰属問題はさして重要ではないのである。筆者は中国に十数年滞在しているが、これまで台湾問題について話をした中国人は2人だけだ。台湾にすら関心を示さない中国人たちが、東シナ海に浮かぶ芥子粒ほどの小さな無人島のことで大規模な反日デモを起こすまでエスカレートしたのは、為政者が煽動したからである。
 中国政府は「日本は釣魚島を盗んだ」と公然と日本を誹謗中傷し、正義は中国にあると国際世論にアピールしている。挙げ句に、「釣魚島の領土問題は中国の核心的利益だ」と言い切り、自ら後に引けない状況をつくっている。
 しかし、「核心的利益」と断言しながら、より核心的で重要なことが中国ではほとんど議論されていない。それは、仮に日本が尖閣諸島の領有権を放棄した場合、その帰属先が中国になるのか、台湾になるのかという問題である。
 もちろん、現状では日本が尖閣諸島の領有権を放棄することはありえない(ただし、日本には「領有権の争いがあることを認めるべきだ」と主張する政治家もいるので、将来に渡って日本が放棄しないとは限らない)。
 日本が領有権を放棄することになれば、尖閣諸島は中国が領有するものと、ほとんどの日本人は思っているだろう。だが、中国が領有したら台湾が黙っていないはずである。
 尖閣諸島は日本の沖縄県に属しているが、中国は、釣魚島は台湾省に属すと主張し、台湾は台湾の宜蘭県に属すとしている。
 しかし、台湾は中国とは別の国家であり、将来、中国に統一されると決まっているわけでもない。中国は、釣魚島は台湾に属し、台湾は中国に属するから釣魚島は中国の領土だという理屈を展開しているが、肝心の台湾は中国の領土ではないのである。
 中国政府は、台湾は中国固有の領土、釣魚島は明代から中国の版図に入っていたと言う。しかし、台湾は明代には中国の版図に入っておらず、オランダが領有していた。オランダが台湾を開発するにあたって大量の労働力が必要となり、台湾に近い福建省から多くの漢人が台湾に渡ったことで、中国人が台湾に多く住むようになったのである。
 明の遺臣である鄭成功が清朝初期に台湾からオランダを駆逐してから、漢人による台湾支配が始まったが、当初は大陸の清朝とは別の国家だった。その後、鄭成功の子孫が清朝に帰順し、そこで初めて台湾は中国の版図に入ったのである。
 その台湾を日清戦争の後、清朝は日本に割譲し、日本は第2次世界大戦が終わるまでの50年間、台湾を領有した。
 日本は戦争に負けて台湾の領有権を放棄したが、サンフランシスコ条約や日本と中華民国が締結した日華平和条約では、日本が台湾を放棄したことは明文化されたものの、台湾の主権がどこに移ったかは明記されなかった。そこから「台湾主権未定論」という理論が生まれ、台湾独立論の根拠の一つになっている。
 日本が降伏し、台湾を放棄した時点で、大陸の正当な国家は中華民国であり、台湾の主権がどこに移ったかが明記されなくても、中華民国が領有することに誰も文句を言わなかった。だから「台湾主権未定論」はほとんどの人に相手にされていない。だが、大陸の中華人民共和国と台湾の中華民国がともに尖閣諸島の領有権を主張している状況で、仮に日本がそれを放棄した場合には、中国か台湾かで大きな問題になるはずである。
 中国は「中華民国という国家は存在しないので、尖閣諸島が中国に帰属するのは当然。台湾は内政問題である」と主張するだろう。しかし、実態としての台湾は完全な独立国家である。かつての西ドイツと東ドイツ、北ベトナムと南ベトナムがそうであったように、そして現在の北朝鮮と韓国がそれぞれ独立した国家として国連に加盟しているように、中華人民共和国と中華民国はそれぞれ独立した国家である。台湾が国連に加盟できないのは、常任理事国(米ロ英仏中)の一つである中国が反対しているからで、台湾は本来、国連に加盟する資格がある。
 中国は伝統的思想である漢賊不両立(正義と賊は並び立たず)の考えから、国民党を賊と見做し、この世に両立しない相手だと思っている。つまり国民党がつくった中華民国という国家は存在せず、台湾は中華人民共和国の一部であると主張する。そしてそのことを、中国と国交を結ぶ国に対して要求するため、台湾と国交を結ぶ国は世界で二十数カ国しかない。
 大半の国が台湾とは国交がなく、大使館を置いていないことになっているが、アメリカや日本などの主要国は、大使館や領事館に相当する公的機関を台湾に設置している。こうした現状からみても、台湾は独立した国家である。
 中国は「核心的利益」という言葉を、これまでチベットや台湾問題に使ってきたが、ついに釣魚島にも同じ言辞を使うようになった。しかし、「台湾」というより核心的な問題が解決されない限り、(仮に日本が放棄した場合)釣魚島を台湾と中国のどちらが領有するかという新たな火種が生まれるのは必至である。
 しかし、「釣魚島は中国の領土だ」と日本人に議論を吹きかける中国人のなかに、この問題を真剣に考えている人は一人もいない。

 

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