長崎県佐世保市の女子高校生がクラスメートを絞殺し遺体を切断した事件は、世の中を震撼させた。加害少女の父親は事件前の2月、少女を祖母(父親の母)の養子にしており、この養子縁組の直後に少女は父親を金属バットで襲い負傷させていたという。
父親の代理人弁護士は「財産分与と節税の観点からの措置。父親が娘を切り捨てたわけではない」と説明したが、少女を凶行に走らせる引き金になった可能性が指摘されている。
加害者の父は弁護士業を営むいわゆる富裕層。実はこの加害女子のケースに限らず、富裕層による相続税対策を意図した養子縁組は増加傾向にある。「課税価格5億円以上の相続のうち約半数で養子縁組がおこなわれている」(大手税理士法人)という。
資産家にとって相続税対策は重要な課題だが、戸籍上の事務的な変更とはいえ親子関係を切ることが子どもに与える心理的な影響は無視できない。「親子関係よりおカネのほうが大事だと子どもに思われてもしかたない行為」(診療カウンセラー)と言っていい。
タイで日本人男性が代理出産で産ませた15人もの乳幼児が保護された問題。男性の動機は不明だが、父親が資産家で、すでに不動産を乳幼児名義で購入していることから、節税対策との見方が浮上している。タイやシンガポール、オーストラリア、カナダ、香港、カンボジアなどは相続税や贈与税がない国として知られている。日本での高い税率を逃れるため、これらの国に子どもや孫を住ませ、財産を贈与するケースは少なくない。タイの代理出産による乳幼児は、そうした節税対策の道具だった可能性がある。まさにカネのためには命の売買も辞さないということか。
こうした奇策ともいえる相続税対策は富裕層を中心に今後も増加しかねないと金融関係者は指摘する。背景にあるのは、地価上昇と相続税制の改正だ。
日銀による過剰なマネー供給を受け、相続税や贈与税を算出する際の基準となる路線価が上昇基調にある。国税庁が7月1日に発表した「平成26年度分の路線価」によれば、最高額は29年連続で東京都中央区銀座5丁目・鳩居堂前の2360万円/平米。坪換算で約7000万円を超えた。第2位は大阪市北区角田町(御堂筋)の765万円/平米。
上位10地点の顔ぶれは変わらないが、驚かされるのはその上昇率。第1位の名古屋市中村区名駅通りは年率10.0%、第2位の鳩居堂前も9.7%の高い伸びとなった。5%以上上昇した都市は昨年の2地点から8地点に拡大、上位5地点はすべて3大都市圏で大都市の中心商業地が地価回復を牽引している。地価そのものもリーマンショック直前の2007年の水準にほぼ並んだ。
「路線価は今年1月1日時点の地価だが、この半年でさらに上昇したという実感がある」と言うのは大手信託銀行関係者。地価上昇はいまも続いているのだ。
その地価上昇によって、これまで相続税とは無縁と思われてきた中間層にも負担が重くのしかかりかねない状況となっている。
現状、相続税の非課税枠は1世帯当たり5000万円、一人あたり1000万円。妻と子ども2人のモデル世帯なら、3人相続人がいることから、非課税枠は8000万円。平均的なサラリーマン世帯はおおむねこの枠内に収まる。年間死亡者は100万人〜110万人で、このうち相続税がかかっている人は4%程度にすぎない。
その相続税の基礎控除が来年1月1日から4割削減される。1世帯当たりの非課税枠5000万円が3000万円に、一人当たりの非課税枠1000万円が600万円にそれぞれ引き下げられる。従来のトータル非課税枠8000万円は4800万円まで圧縮される計算だ。東京周辺に家を持ち、退職金などで2000万〜3000万円の金融資産を持つ層は、今後、相続税の課税対象に入る可能性がある。
「東京周辺だと、たぶん2〜3割が課税対象になるのではないか」(前出・大手信託銀行関係者)
相続税の最高税率も50%から55%へ引き上げられる。高額所得者、資産家層を狙い撃ちした増税が控えており、団塊の世代は戦々恐々とならざるを得ない。
(後略)