(前略)
金融政策は雇用の創出に有効なので、金融政策を雇用政策に活用すのが世界の常識だ。欧州では共産党などの左派政党が金融政策重視を主張しており、右派政党も金融政策による雇用の確保を否定していない。
ところが日本では、連合を支持母体とする民主党政権時代に、安倍晋三自民党総裁が民主党の先手を打つ形で「インフレターゲット」を言いだし、その後、政権交代が実現した。
出遅れたいまの野党や労組が独自性、存在意義を発揮するには、どういう観点から活動すべきだろうか。
まず、マクロ経済政策を理解することだ。マクロ経済政策は全体のパイを増やすものだから労使ともにメリットが多い。労使間の対立を生まないので、多くの人が賛同しやすい。
第一歩として金融政策の効果を認めることだ。アベノミクスの金融政策によって就業者数は増加、失業率は低下した。それを評価したうえで、具体策として「日銀法を改正し、金融政策の目的に“雇用の確保”を明記する」よう提案したらいい。
次に消費税増税に賛成したことを反省すべきだ。経団連が法人税減税と引き替えに消費税増税に賛成したのはわかるが、連合や民主党が賛成した真意がわからない。消費税増税で景気が悪くなれば、相対的に大きなダメージを受けるのは労働者だ。
マクロ経済政策を理解したうえで労働者のための政策に特化すべきである。安倍政権が進める「労働規制緩和」に反対だというが、この規制緩和が労働者を対象としているのであれば理解できる。しかし実際の対象は高額所得者のサラリーマンで、労働者というより経営者に近い。規制緩和に反対しすぎると、消費税増税に賛成したときのように経営者側に塩を送ることになる。
労働規制緩和の典型例は産業競争力会議で提案された「残業代ゼロ制度」だ。「ブラック企業を助長する」「経営者側に有利に利用されるだけ」といった批判が渦巻いているが、どう評価するのが正しいのか。
産業競争力会議がアドバルーンを上げただけの段階なので判断が難しいが、少ない情報から考察すると、「残業代ゼロ」つまり労働時間規制適用免除となる労働者の対象は、年収1000万円超のホワイトカラー、そして労組が認めた「一定の人」だ。ともに本人の同意が必要という。
もっとも、サラリーマンにとって「同意」に意味はない。会社に指名された段階で受け入れざるを得ないからだ。「労組が指定した人」というのも意味があるとは思えない。まともな労働組合のある企業が少ないからだ。
いずれにしてもポイントは「年収1000万円以上のホワイトカラー」である。
第1次安倍政権のときも、似たような制度が導入しようとしたが、マスコミが「残業代ゼロ」を強調して報道したこともあって断念している。今回も、残業代ゼロという言葉のインパクトは大きく、批判的な意見が多いようだ。しかし年収1000万以上のサラリーマンはどのくらいいるのか。
2012年の民間給与実態統計調査(国税庁)によると、1年を通じて勤務した給与所得者4556万人のうち、年収1000万円を超える人は男性で5.8%、女性で0.8%、男女合計で3.8%である。
批判している人は、自分が対象ではないのに反対しているのだろうか。それとも自分もいずれ対象者になるはずということで反対しているのだろうか。
もしかすると「政府がいずれ対象者を拡大する」と思っているのかもしれない。
日本以外の先進国ではどうだろうか。
米国、フランス、ドイツなどでは、「幹部職員」の残業代はゼロである。その対象者が労働者全体に占める割合は米国で2割、フランスで1割、ドイツで2%といわれている。日本で議論されている対象者の範囲はドイツより広く、フランスや米国より狭いということになる。であれば、対象範囲が多少広がったとしてもタカが知れている。いま反対している人たちのほとんどは杞憂だろう。
残業代ゼロで大騒ぎをしているのはマスコミだが、前述した国税庁の調査では、マスコミが属する情報通信業で年収1000万円を超える人は男性で9.8%、女性で1.9%、男女合計で7.9%と一般の2倍になっている。この数字は、大企業から零細まで含めた情報通信業の平均で、大手マスコミはこの平均よりさらに高いはずだ。20代で1000万円を超える人もいるくらいだから、どうしてマスコミが騒ぐのかがよくわかる。
残業代ゼロ制度は、一般のサラリーマンには関係のない話だが、それでも心配だという人たちを説得するために、政府は公務員の残業代ゼロを手始めにやってみたらいい。政府は公務員の雇用主なので、民間企業にやらせるよりも自ら政策を実施したほうが手っ取り早い。政府が先行して実施し、民間がそれに追随するのであれば、対象者拡大を心配する人も納得してくれるはずだ。
牛丼のすき家や居酒屋のワタミが人手不足で一部閉店、ユニクロが従業員の正社員化を進めるなど、デフレ下で成長した企業が人手不足の影響を被ったり、人材確保を急ぐケースが相次いでいる。
労働者にとって時給上昇や正社員化は良いことのはずだが、マスコミは、雇用環境の変化がわからずにトンチンカンな報道に終始している。
朝日新聞などは「企業が悲鳴」という調子で報道する一方で、人手不足や時給上昇の原因である「金融政策による景気回復」についてほとんど触れていない。
(後略)