記事(一部抜粋):2014年5月号掲載

連 載

【平成考現学】小後遊二

日本は厳しい立場に…!?

 海外交渉などにおいて「日本は厳しい立場に追い込まれています」とマスコミが伝えるときの「日本」とは、誰のことをいっているのだろう。
 TPPで米国とギリギリの交渉をしつつ「国益は守る」という。しかし、農産物や畜産物の関税撤廃は消費者にとっては歓迎すべきことだ。日本の大多数の生活者にとってメリットがあると思われる関税撤廃を「国益に沿わない」と考えているのは誰なのだろう。
 生産者、議員、役人たちは追い込まれているのかもしれないが、その人たちをまとめて「日本」とか「国益を背負う人」と考えるのは無理がある。
 一方、米国にとっては、関税が撤廃されれば、日本への輸出が増えるし、ピックアップトラックの輸入関税がゼロになるのでエブリワンハッピーとなる。中間選挙を控えたオバマ政権にとってTPPが大切なのは、消費者の票が期待できるからだ。
 南氷洋の調査捕鯨で国際司法裁判所はオーストラリアの訴えを認め、「日本は捕鯨を中止すべし」という判決を下した。前代未聞のみっともない判決で「日本の立場」を理解しいていない、と大騒ぎになると思いきや、「日本は法治国家だから、裁きには従う」とあっさり引き下がる様子である。
 世界中から「絶滅の危惧がある(我々と同じほ乳類である)鯨を食べるとは何と野蛮な!」と非難されても、「これが日本の食文化で、牛や豚を食っている人種にいわれたくない!」と「日本人」は反発してきた。しかし多くの「日本人」にとって、この問題はどうでもいいことであった。その証拠に、鯨の肉は最近滅多に見かけなくなったが、誰も困っているようには見えない。日本人は鯨を食べなくなり、「調査」捕鯨で取った分さえ余らせている。
 判決の直前まで「敗訴の危機」と煽っていたマスコミも、怒りの特集などはやっていない。これは、役人が「自発的に止める」とはいえないので、外圧を使って止めざるを得ないようにもっていった典型的な例だ。
 当然、当事者たちには手厚い補助金を出すのだろう。安倍首相のお膝元である下関の窮状などをマスコミに伝えさせ、税金投入を正当化することだろう。つまり消費者としての日本人は、国際的に恥をかかされたうえに、その行為を止める「落とし前」まで負担させられて、踏んだり蹴ったりなのである。
 ロシアとのトップ会談、というとマスコミは常に「北方四島の返還交渉がどうなるか」と切り出す。しかし、どのくらいの日本人が本当に四島の返還を望んでいるのだろう?
 数年前にプーチン大統領が「面積等分」という考えを述べたが、そのとき役人と政治家は「話にならない」と交渉前からヒステリックに拒否した。マスコミも「日本としては到底受け入れがたい案」と報道した。これでは交渉官の出る幕はない。
 北海道でさえ過疎化している市町村が多く、四島から引き上げてきた人も高齢化し、今では1万人を切っている。その人たちの何人が、いざ四島が返還されたら戻るのか? という基礎データくらいは、返還交渉に臨む前に収集しておくべきだ。ロシアが吹っかけてくる交換条件をどこまで呑むのか、その大切な判断材料となるはずだからだ。
(後略)

 

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