記事(一部抜粋):2013年11月号掲載

社会・文化

破産を迫られる食肉業界のドン」

伊藤ハムと決裂し、絶体絶命

 大手食肉会社「伊藤ハム」が、取引先に対する1億円の債権を、1円で別会社に譲渡、譲渡を受けた会社が取引先の代表者を相手に破産を申し立てたという事案がある。どこにでもある債権回収の1シーンといってしまえばそれまでだが、債務者が食肉業界のドンと呼ばれた人物とあって、業界関係者の注目を集めている。
 「いま問題になっているような債権・債務の関係は、我々の業界では、業転(業界内転売)をおこなう際などに日常的に発生するもので、伊藤ハムとの間でも日常的に発生していました。今まで当たり前にやってきた取引が今回、いきなりこんな形でこじれるとは考えもしませんでした」
 そう語るのは、1億円の債務の一括返済を求められ、個人破産まで申し立てられているF社(名古屋市)の代表・F氏その人である。F氏が続ける。
 「どうしてこのような事態になったのか、まずはそのことを知ろうと相手方の内情を調べたところ、どうやら社内でクーデターのようなことがあったようです。私は、そのクーデターで覆された側(旧経営陣)とのつきあいが長年あったので、新経営陣からターゲットにされたのでしょう」
 伊藤ハムの新経営陣はF社及びF氏との「しがらみ」を清算したいと考えたのか、F社に対する1億円の債権を「D&B」なる会社に1円で譲渡。そのD&Bが新たな債権者として、F社に1億円の返済を求めている。ちなみにD&Bの代理人は、枝野幸男・元官房長官が率いるローファーム「真和総合法律事務所」に所属する弁護士である。
 「支払えないとわかっていて、全額支払いを認めさせ(平成24年4月公正証書)、同時に請求してきました。こうしたドラスティックなやり方は、いわゆる同胞意識が強いこの業界ではタブー、裏切り行為です。それを、伊藤ハムともあろう業界のトップ企業が仕掛けてきたわけです」
 かつては業界のドンと評され、いまも隠然たる影響力を持つといわれるF氏だが、なんと個人破産を申し立てられるまで追い詰められているというのだ。
(中略)
 まさに絶体絶命のF氏だが、ここにきて、わずかではあるが光明を見出しているらしい。
 「それは、これまでまったく見過ごしていた事実でした。しかし法律に疎い私でも、確かにおかしい、と思う出来事でした」
 それは、破産1辺倒で押してくる相手側との何度目かの話し合い、裁判官を交えた名古屋地裁の調停で起きたという。7月28日のことだ。
 F氏はこの話し合いに臨む前、代理人の「毎月10万円を相手側(D&B)に振り込むということにして、和解に持ち込もう」というアドバイスに従って、相手方の口座に10万円を振り込んでおいた。
 そして当日。話し合いは、名古屋地裁の1室でおこなわれた。円卓を囲んで12時の位置に島崎裁判官、以下時計回りに、F氏、F氏代理人、D&B代理人、中根管財人の順に着席した。
 話し合いの冒頭、D&B代理人がおもむろに「これはお返ししておきます」と裸のままの1万円札10枚をF氏の前に置いた。そして「和解には応じるつもりはありません」と声高にいう。
 F氏が「1度払ったものは受け取らない」と突き返すと、「いや返す」「受け取らない」の押し問答。しばらく居酒屋のレジ前でサラリーマンがするようなやりとりが続いたが、それに終止符を打ったのが、島崎裁判官だった。
 「それはあなたたちが、ひとまず収めておきなさい」
 そういわれたD&B代理人は、黙って10枚の紙幣を自分の手元に引き寄せた。
(後略)

 

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