記事(一部抜粋):2013年8月号掲載

連 載

世界知らずの世界主義者

【流言流行への一撃】西部邁

 参院選がやってきた。しかしそこでは「議員定数の削減」などという(前回に指摘した理由で)見当の外れた争点が押し出されたり、(憲法改正のことをめぐって)国防軍が存在する事の是非などという浮世離れした議論が交わされたりしている。21世紀初頭の世界がどう動いているかについて、今の日本人は無関心なようだ。それなのに、グローブ(地球)はグローバリズム(世界画一主義)に覆われている、というアメリカ仕込みの世界観だけはナントカの一つ覚えのように繰り返されている。まさしく、「井の中の蛙」たちが大合唱しているの光景ではないか。
 というのも、日本列島がそのなかにおかれている東アジアに大きな地殻変動が起こっているからである。この地域への戦略について、我が国には日米同盟と東アジア共同体論の(互いに対立する)二論しかない。だが現に進行しているのは、この両論を完全に押し潰すものとしての、チャイメリカつまり「中国とアメリカの緊密な連携」なのである。
 中国研究者の矢吹晋氏の著書に『チャイメリカ』というのがある。アメリカの国債を大量に買っているだけでなくアメリカを最大の消費材市場にしている中国、中国証券を最大の投資対象としているアメリカ、それら両国が互いを「最も重要な国」と認定している。その経済的な相互依存に立脚してチャイメリカの網が東アジアに張られつつあるのだ。
 北朝鮮の乱暴を抑えるに当たって米中が協力しつつある、などと分析している(一部の)親米主義者の発言などは暢気にも程がある。金正恩が暴走しようが昼寝しようが、米中協力体制は現在進行形で出来上がりつつある。その一つの(日本に深く関係する)証拠が、「尖閣」にかんするアメリカの態度である。アメリカは、1970年あたりから、最初は台湾に言い分を与えるため、今は中国と連携するため、「尖閣の領土権にかんしては日中で協議するように」との外交に出ている。はっきりいわせてもらうが、「領土権なしの施政権」とは占領状態のことを意味する。つまりアメリカは、「日本が尖閣を占領しているのではないか」との判断を示しているである。
 それなのに「日米同盟を強化するために、アメリカの対日要求に素直に応じて、TPP(による日本のいっそうのアメリカナイゼーション)に参加する」というのが日本の外交ときている。そもそも日米安保における仮想敵は、ソ連なきあと、中国ということではないのか。その中国が、米国とのあいだにチャイメリカを作りつつある。日米安保の空洞化、日本人の眼前で進んでいるこの事態に少しも気づかないのが日米同盟を叫び立てる外交論者や防衛論者たちである。彼らの愚かなこと限りなし、とたぶんチャイメリカの当局者たちは思っているに違いない。
 日米同盟論に言い分があるとしたら、それは日本の自衛隊がアメリカ軍付属部隊となるのをよしとする場合である。すでにそうなっていはするのだが、しかし、そのアメリカ軍はチャイメリカを守ろうとするであろう。そしてチャイメリカは、これまで以上に、日本を(略取すべく)翻弄するであろう。そうしたチャイメリカの戦略戦術に奉仕する日本軍、というのは存分に笑える話ではある。
 日米同盟論のもう一つの言い分は、日本がアメリカの完全なプロテクトレート(保護領)となり、そして被保護地域の提言として「中国よりも日本のほうが重要ですよ」と申し出ることだ。実際、それが戦後日本の指導者(および国民全般)の強い傾きなのだが、しかし被保護とは被略取のことにほかならない。そんな関係をアライアンス(同盟)と呼ぶのは詐欺である。名称のことは脇におくとしても、自国を外国のテリトリー(宗主国への選挙権を持たないものとしての准州)にして恥じない外交論・防衛論の臆病と卑劣については今さら指摘するまでもあるまい。
 いささかでも正義・思慮・勇気・節制の心を持った国民なら、日暮れて道遠しといえども日本の自立について長期の展望を持ち戦略を練り、臥薪嘗胆を覚悟して日本の独立をめざして努力を始めなければならない。そう思われる矢先に、議員定数の削減だの国防軍の是非など、聞きたくもない話とはこのことだ。
(後略)

 

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