(前略)
こうしてみると、経済状況が回復しつつあるのは明らかで、その意味で、消費税増税の環境整備は整いつつあるといっていい。
もっとも、安倍首相が土壇場で消費税増税に待ったをかける可能性もないとはいえない。そのため、財務省は念には念をいれて用意周到な仕掛けをほどこした。安倍政権ではこれまで経産省の動きのほうが目立っていたが、遠慮がちだった財務省もいよいよ復活の狼煙をあげたのだ。
6月17日の主要国(G8)首脳会議で、安倍首相は「環境が整えば、消費税率を予定通り2014年4月と15年10月の2段階で10%まで引き上げる」と明言した。消費税増税の決断をまだしていないのであれば、あえて話す必要はない。景気判断をもとに増税を実施する(しない)のは当たり前の話で、一国の首相がわざわざ首脳会談で言うべきことではない。
ところが、安倍首相は19日のロンドン講演でも消費税増税に言及。「伸びる社会保障費への対応と国の信認を確保することが非常に大事だ」と述べた。消費税を社会保障目的税にしている国はないので、「社会保障への対応」をあえて言えば、増税の決意と受け止められる。また、「国の信認」も成長によって高まるので、成長阻害要因の増税を持ち出すのは並々ならぬ決意表明になる。
海外では、首相の回りを固めるのは同行する官僚だけである。日本とは違って特殊な雰囲気もある。その絶好の機会を捉えて、官僚は首相をうまく誘導、消費税増税を後々撤回できないように、国際社会の場で言質をとったのだ。これは官僚が得意な「落とし穴戦法」である。
ここまでで九分九厘、財務省の勝ちである。参院選後の秋の臨時国会で、消費税増税凍結法案を出し、それが成立しない限り消費税増税は実行されるわけで、財務省の勝利は目前だ。
財務省の行動原理はシンプルだ。世間一般には財政再建の守護神のように言われているが、これは財務省の広報戦略。本当に財政再建を目指すなら、増税ではなく経済成長を重視する。それが財政再建への近道・王道だ。
では、なぜ増税を指向するのか。それは財務省が予算上、「歳出権」の最大化を求めているからだ。
増税は歳入を増やし結果として歳出を増やす。この歳出権を国会の議決で決めるのが財務省にとっては重要だ。そうしておけば、実際の税収が予算を下回ったとしても、国債発行額が増えるだけで、歳出権が減ることはない。
この歳出権は各省に配分されるが、それが大きければ大きいほど財務省の権益は大きくなる。財務省が歳出権の最大化を求めるのは官僚機構として当たり前のことなのだ。
来年から実施される消費税増税。これによって生まれる財源を、財政支出によってバラまくことは一部の族議員の利害とも一致する。アベノミクスで税収が上振れするだろうから、来年早々には補正予算の話になるだろう。これで歳出権が増えるなら、それを使う財務省や、その他の省庁の権益になり、族議員も喜ぶ。
安倍政権は法人税減税を目論んでいるが、財務省にとって「減税」は「歳出権」を減らすので、本来は避けたい。しかし、経団連などの経済界とは、消費税増税、法人税減税で話はついている。財務省にとって、法人税減税は消費税増税のための「必要経費」だ。
今回の参院選で族議員が大量に生まれ、それと結託した官僚が大幅な予算を要求するのも目に見えている。要するに、これから先に待っているのは、大量のバラマキだ。
アベノミクスの根幹である第一の矢の金融政策の効果が出るのは二年後であり、今は景気回復過程の真っ只中である。そんな大事なときに消費税増税という逆噴射を断行したら、回復するはずの景気もどうなるかわからない——というのがエコノミストたちの心配事である。
たとえてみると、いまは飛行機が離陸し高度を上げつつある状態だ。上昇加速は順調だが、まだ巡航速度には達していない。このとき逆噴射をしたらどうなるか。飛行機は失速して墜落してしまう。運がよければ墜落する前に再びエンジンをふかし再び上昇軌道に乗せることも可能だが、いずれにしても上昇過程での逆噴射はタブーのはずだ。
では、なぜ財務省は消費税増税にこだわるのか。その疑問に対する答えが、「消費税増税、法人税減税、大量のバラマキ予算」なのだ。
もちろん、本当に正しい答えは、消費税増税をスキップすることだ。そして無駄な支出を減らすことだ。しかし増税して歳出権を増やし、それを予算でバラまくことが、景気対策という名の、族議員、官僚すべてが満足できる解なのだ。
(後略)