記事(一部抜粋):2013年5月号掲載

連 載

田中康夫の新ニッポン論

「国土強靱化」

 早とちりしている向きも未だに居ますが、長野県知事就任直後の2001年2月に発した「『脱ダム』宣言」は、公共事業撲滅論に非ず。「日本の背骨に位置し、数多の水源を擁する長野県に於いては出来得る限り、コンクリートのダムを造るべきではない」との文言は、ダム建設の是非でいがみ合う不毛な甲論乙駁を超えて、公共事業のあり方をより良く改める為の問題提起でした。「国土強靱化」が耳目を集める今、その復習から連載を開始しましょう。
 国が建設する八ツ場ダムに象徴される直轄事業の場合も、地方自治体が実施主体の補助事業の場合も、起債の償還分を含めて建設費用の7割余りを国が負担します。ダムに留まらず大きな公共事業は地元を潤す、と持て囃されてきた「根拠」です。
 が、意外や意外、総事業費の8割はゼネコン=ゼネラルコントラクターに支払われます。孫請け、ひ孫請けの地元に落ちるのは全体の2割。その地元は3割を負担しているのですから、早い話が持ち出し。「中央」へと吸い取られるバキューム現象の一種です。
 ダムを建設せねば大洪水に見舞われる。数百億円を投ずる9つもの県営ダム計画を説明する担当職員の常套句でした。が、何れも20年以上前の立案なのに、本体工事の着手に1つも至っていなかったのです。しかも、洪水の危険性を着実に軽減する護岸補修や河床掘削が、当該河川で実施された記録は見当たりませんでした。
 集中治療室=ICUに担ぎ込まれたものの、直ぐには執刀医が到着しない医療崩壊寸前の病院とて、その間に心肺蘇生や点滴注射をおこないます。治水を目的に掲げた戦後のダム建設は、大きな金額が動く何らかの事業を確保する方便へと途中で変質してしまったのでは、と疑問を抱き始めました。
 重機を使って1平方メートル1万円で実施可能な河床掘削=浚渫こそは、青息吐息な地元の土木建設業者が胸を張って担える公共事業。なのに、こうした維持修繕予算は個別計上されていませんでした。現地機関として県内に点在する土木事務所の経費の中に含まれていたものの、その大半は職員の人件費で、浚渫は滞っていました。長野県に限った話ではなく、国でも同様の規定です。
(後略)

 

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