記事(一部抜粋):2013年5月号掲載

政 治

まるでオセロゲーム、白から黒に変わった日銀

【霞が関コンフィデンシャル】

 昭和44年4月4日生まれの人が44歳になる4並びの日だった4月4日、日銀は金融政策決定会合で「2%」の物価上昇率目標を達成するための新たな量的金融緩和策を決めた。金融緩和の指標をこれまでの翌日物金利からマネタリーベース(資金供給量)に変更し、2012年末に138兆円だった資金供給量を2年後の14年末に2倍の2730兆円に拡大するというものだ。
 4並びの日に、インフレ目標「2%」、資金供給量を「2年間」で「2倍」と2の数字が3つ並んだわけだが、3つの2を掛けると8、日付を足しても8、いずれも末広がりで縁起がいい。
 それはともかく、マネタリーベースの増え方はこれまでの日銀にはなかったもので、それが「次元の違う金融政策」といわれる所以である。
 もっとも、専門家であれば誰もが、インフレ率2%に必要な「量」が、マッカラムルールと、過去のマネタリーベースとインフレ予想率の関係の2つの方法から計算できることを知っている。どちらの方法で計算しても似たような数字になり、今回の日銀の決定とも大差はない。ところが、市場関係者の多くが3つの「2」という数字に驚きを隠さなかった。つまり、その人たちは専門家でなかったという話になり、むしろそのほうが驚きというべきかもしれない。
 黒田東彦総裁と岩田規久男副総裁がこうした積極的な政策を打ち出す考えを持っていたことは、国会での答弁などから明らかだった。ただ、日銀政策決定会合は合議体であり、決定は審議委員6人の判断にもかかっている。
 総裁と2人の副総裁の新執行部3人は賛成するにしても、6人の審議委員は、前の白川方明総裁時代に、黒田現総裁とは真逆の金融政策を支持してきた人たちだ。1カ月も経たないうちに意見を変更するとは考えにくい。この6人のうち少なくとも2人が新執行部に賛成しなければ、「次元の違う金融政策」は打ち出せない。
 かつてバーナンキFRB議長は「政策を変更するのは実に大変なこと。審議委員を辛抱強く説得し、時には審議委員の入れ替えを待たなければ実現できない」と語っていた。彼は、持論であるインフレ目標を導入するのに、途中のリーマンショックを挟んで都合6年間も辛抱した。中央銀行の審議委員は金融政策の専門家であり、専門家は簡単に他人の意見に左右されない。専門家を説得して意見を変えさせるのは至難の業なのだ。
 ところが、日銀の6人の審議委員は、白川体制から黒田体制に変わったのを機に意見を変えた。まるでオセロゲームのように、黒が3つ入った途端、残りの白6つもすべて黒に変わったのだ。
 わずか1カ月で意見を変えてしまった日銀の審議委員。彼らは金融政策の専門家ではなく、ただのサラリーマンなのかもしれない。
 結局、新たな金融政策が打ち出されたことで、株価は急上昇。為替もただちに2円50銭以上円安にふれ、長期金利は過去最低を更新した。
 論より証拠。アベノミクスによって日本経済に明るい兆しが見えてきたのは確かである。世の中の雰囲気が一変し、久しぶりに元気が出てきたという声をよく聞く。デフレ予想がインフレ予想に変わり、将来の展望が開けてきたのだ。
 このように政策の方向性が大きく変わることをレジーム・チェンジ(政策体制大転換)という。官僚組織にそれを実現する力はないので、政治の力が必要になる。今回は安倍自民党が総選挙の争点としてインフレ目標を掲げて戦い、圧勝することによって、レジーム・チェンジが実現に向かったのだ。
 以前にも本欄で述べたが、レジーム・チェンジはその方向が確実になると、人々の意見は、役人(日銀官僚を含む)、マスコミ、御用学者の順で変わっていく。変わり身の早さの順番と言い換えてもいい。
 ただし、すぐに変われない人もいる。特に転換期ではそれが目立つ。レジーム・チェンジに乗り切れないアンシャン・レジームの人たちだ。
(中略)
 かと思えば、アンシャン・レジームの人たちはもう出口戦略を言い出す始末だ。曰く「絞り込みが早すぎればデフレに逆戻りする。遅すぎればバブルを引き起こす懸念がある」。
 世界の先進国はリーマンショック以降、金融緩和を続けているが、いちはやく緩和に乗り出したアメリカでも、まだ出口戦略を実行に移せる状況ではない。日本は、出口どころかまだ入口にも入っていない。いや、これまでの日銀は入口さえわからなかったのだ。
 日銀も、日銀の口車に乗ってきたマスコミも、入口すらわからなかったのだから出口について語れるはずがない。金融緩和の本格的な効果が出るのは2年程度と言われているが、今の時点で出口戦略を言うこと自体、金融政策の効果も意味もわかっていないのを白状しているようなものだ。
 資産価格が上昇してバブルになるのではないか、と心配する人は多いが、まだ入口にも入っていないのだから、気が早すぎる。
(後略)

 

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